コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2011/3/17up)




◆ ひとりも見捨てない集団作り

〈『部落解放』2011年3月号掲載〉

西川 純

 私は『学び合い』(一般の学び合いと区別するため二重括弧で囲んでいます)という新しい考えに基づく授業を提案しています。『学び合い』をひとことで表現すれば、「ひとりも見捨てない教育」です。その“ひとり”とは、暴力・暴言を連発する子、日本語がしゃべれない子ども、家庭に問題を抱えている子ども、知的や情緒的な障害を抱えている子……、とにかくどんな子どもも見捨てない教育です。
 憲法二六条には「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」とあります。しかし、学校も教師も、そして保護者や子どもも「それは無理だ」と諦めているのではないでしょうか? しかし、少数であっても、その子にとってはとてつもなく重大なことです。さらに、比較的めだつ先に述べた子どもでなくとも、子どもたちはさまざまな問題を抱えています。成績がトップで、だれからも認められる子にも悩みはあります。すべての子どもは、支援を必要としています。
 しかし、現状では絶対に無理です。それは教師ひとりがすべてを抱え込んでいるからです。たとえば、ひとりの教師が、ある子どもの悩みを理解し、それに対して適切な支援をするために、どれほどの時間がかかるでしょうか。おそらく膨大な時間がかかります。それを毎日、毎時間しなければなりません。毎日、新たな内容を学習しているのですから、すべての子どもはその子にあった支援が必要なのです。しかし、一校時を子どもの人数で割れば、一分少々しかないでしょう。いや、現状の授業は圧倒的大部分の時間を一方的に話し、板書することに費やしています。もし、子どもと対話する時間を抽出したら、一〇分もないでしょう。仮に一〇分だとして、子どもひとりあたりの時間は二〇秒もありません。さて、二〇秒でどれほどのことができるでしょうか? これは、超能力者であっても不可能なことです。多くの善意の教師は、それを補うために放課後に指導をします。しかし、そのような指導を受けられるのはごくわずかな子どもだけです。
 多くの教師は、「良い指導とは何か?」を追い求めています。しかし、その言葉を聞くたびに、「誰にとって?」と言いたくなります。子どもの能力、志向性は千差万別です。子ども全員が一度に理解し、納得するような指導などはあり得ません。そこで、我々は問いを変えました。「その子にとって最善の指導は誰が考えられるか?」です。その答えは「その子」です。なんとなれば、わかったか、納得したかを最終的に判断できるのは当人なのですから。しかし、ひとりで解決できることは限られています。そこで、「その子が悩んだとき、誰の援助を得られるか?」という問いを発しました。答えは、「その子の周りの子ども」なのです。
 『学び合い』とは、それを徹底的に突き詰めた結果に生まれた考え方であり、そして、教育実践です。『学び合い』ではひとりも見捨てません。そのために、教師が個にこだわるのではなく、「ひとりも見捨てない集団づくり」にこだわります。授業中に教師は細かいことは教えません。たとえば、漢字の書き順や、計算のやり方を教えません。そのようなことを教えられる子は、塾・予備校・通信教育の発達している現在の日本では、子どもたちのなかに二割以上はいます。その子が周りに教えます、教えることによって学ぶのです。教えられた子は、別な子に教える、その子が……という連鎖の中で、みんながわかるのです。これは学習ばかりではありません、さまざまな悩みに関しても、互いに語り合いながら、全員で全員を支えていきます。
 では、教師はなにをするのでしょうか? それは、人の道を語るのです。右と左の書き順の違いを教えられる子どもはクラスにいます。しかし、クラスメートに「人はかくあるべし」と語れる子どもはほとんどいません。それこそが教師の仕事です。クラスには、さまざまな理由から“難儀な”子どもがいます。子どもたちは、「先生、○○ちゃんにいくら言っても駄目だよ〜」と訴えるかもしれません。しかし、そこで踏ん張って、「いや、それでも最後までみんなでやろう」と言い続けるのが教師の仕事だと『学び合い』では考えています。
 限られた紙面ですので、授業の具体的なイメージがわかないかもしれません、その場合は『クラスが元気になる『学び合い』スタートブック』(学陽書房)をご覧ください。さらに、機会を設けて、『学び合い』の生の授業をご覧ください。実際に見れば、「ひとりも見捨てない」という言葉が実現可能な言葉だと感じられると思います。『学び合い』を通して、ひとりも見捨てない(見捨てられない)と確信する子どもを社会に送り出し、日本が住みやすい国になることを願います。

(にしかわ・じゅん/上越教育大学 教育実践高度化専攻 教授(教職大学院))


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600