コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2011/4/19up)




◆ 刑事司法の腐食

〈『部落解放』2011年4月号掲載〉

青木 理

 日本の官僚機構が集中する東京都千代田区霞が関という住所地の中でも、一丁目一番地一号にある中央合同庁舎六号館に入居しているのが検察庁と法務省であるのは、なにやら興味深い。皇居の緑と銀座の街を見下ろすように聳え立ち、まるで法務・検察こそが官僚機構の中枢だ、と無言のうちに誇示しているように思えてしまうからだ。
 そんな庁舎の最上階=二〇階にある法務省の大会議室で、法相の私的諮問機関である「検察の在り方検討会議」の第六回会合が開かれたのは、さる一月二七日午後のことだった。この会合にヒアリング対象者として招かれた厚労省の元局長・村木厚子氏は次のように語っている。
 「私が(事件に)関与した、という同僚らの調書が三、四〇通もあってショックでした。まるで私だけが記憶喪失にかかっているのではないかと思いました」「どうしてたくさんの検事によって『私が関わった』という大量の調書が作られたのか。調書というのは『作れる』ということを実感しています」「なぜ私がこの犯罪の首謀者だというストーリーを作り、それを維持したのか。(検察は)軌道修正ができない組織だと実感しました」  もう一人、大阪府枚方市の副市長だった小堀隆恒氏も会合でこう訴えている。
 「まったく事実無根の嫌疑なのに、取り調べではとにかく怒鳴り続ける。『ばかやろう』『くずやろう』『ごみやろう』……。いくら身に覚えがないと言っても、検察の作ったストーリー以外はまったく訊こうともしない」「(検察は)ゼロから事件を作りあげ、眼を付けられたら逃げられない。求める答えが先にあり、そこに合わせて取り調べをするんです」
 郵便割引不正事件で大阪地検特捜部に逮捕された村木氏が無罪となったのは周知の通りだ。小堀氏もまた、大阪地検特捜部に談合容疑で逮捕されながら無罪を勝ち取っている。だからこそヒアリングに招かれたのだが、失礼ながら私は、お二人はつくづく運が良かったとも思ってしまうのだ。
 私はこの数年間、特捜検察のターゲットとされ、塀の中に叩き落とされた人々に話を聞き続けてきた。もちろん、すべてがまったくの冤罪だったわけではない。ただ、歪みきった捜査で身に覚えのない嫌疑をかけられ、最終的に有罪とされてしまった人はあまりに多い。その原因はどこにあるのか。
 確かに近年の検察捜査は歪みきっていたが、歪んでいたのは検察捜査だけではない。この国の刑事司法システム全体が救い難い腐食に覆われているからこそ、歪んだ検察捜査が営々と罷り通ってしまったのだ。
 たとえば「人質司法」。刑事訴訟法は起訴後の保釈を原則とうたっているのに、容疑を否認すれば延々と保釈を得られない。裁判所が検察の意向を唯々諾々と認めてしまうからだが、場合によっては未決状態のまま何百日も勾留されてしまう。この恐怖を脅しに使い、検察は密室の取り調べで「自白」を迫る。多くの被疑者が、これに屈して「自白調書」にサインしてしまう。
 あるいは「調書主義」。被告人がいくら法廷で真実を訴えても、ほとんどの場合、その訴えはまったく顧みられない。裁判官が検事作成の調書に圧倒的な信を置いてしまうからだ。いずれも法曹界では古くから批判されてきた悪弊である。
 そして「九九%の有罪率」。現下日本の刑事司法では、公訴権を基本的に独占する検察が起訴した際の有罪率が九九・九%近くに達する。背後には裁判官の度し難き官僚化が横たわっているのだが、その背景を詳述する紙幅はない。ただ裁判は、もはや検察の起訴を追認する装置に堕している。その上、検察や警察が膨大な人員と税金を使って掻き集めた証拠は基本的に検察・警察が独占し、仮に被告の無実を指し示す証拠があっても、多くの場合は隠され続けてしまう。数々の刑事事件で辣腕を振るってきた弁護士ですら、私にこう嘆いたのが忘れられない。
 「検察に眼を付けられたら、抵抗しても無駄なんです。仮に被告が無実を訴えても、『徹底的に闘いましょう』なんて軽々にアドバイスできない。だってそうでしょう。否認すれば延々と保釈を受けられないし、膨大な時間とカネをかけて裁判を闘っても無罪を得られる可能性など皆無に近い。ならば身に覚えのない罪でも認めて保釈を受け、反省しているフリをして裁判も早期に終わらせ、せめて執行猶予を取った方が得策なんです。いまの刑事司法は、それほどひどい状態になっている」
 そう、病んでいるのは霞が関一丁目一番地一号に聳え立つ法務・検察だけではない。司法権の砦=裁判を含む刑事司法システム全体が絶望的なほど腐食しているからこそ、検察は「求める答えが先にある」などという暴走的捜査を営々と演じられた。加えてメディアは検察をタブー視して批判を加えず、政治も検察を恐れて言葉を発せぬ時代が長く続いた。
 大阪地検で発覚した証拠改竄事件を受けて発足した前記「検討会議」は、今春にも答申をまとめて法相に提出する予定だ。その答申がどこまで踏み込んだ改革案を示すのか現段階では不透明だ。もちろんそれは暴走を続けた検察改革への重要な一歩となりうるが、腐食しきった刑事司法システム全体を見渡すならば、あまりに小さな一歩に過ぎないことも忘れてはならない。

(あおき・おさむ/ジャーナリスト)


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