コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2011/8/17up)




◆ サバイバーズギルト

〈『部落解放』2011年8月号掲載〉

阿部恭子

 六月のある日の正午、仙台市中心部。私は昼食をとろうと、長蛇の列を成している店の前に並んだ。そして、ふと、三カ月前の震災直後の光景を思い出していた。
 粉雪の舞う中、食糧を買うため、スーパーやコンビニの前に何時間も並んだ。食料はいつ品切れになるかわからない。並んでも手に入るかどうかさえわからないのだ。並んでいる間にトイレに行きたくならないように、食事は夕食だけという日も多かった。当時は、髪を後ろに束ねてマスクをし、ジーンズにスニーカー、ダウンジャケットという「震災ルック」の女性がたくさんいた。街は灰色で、いつも埃っぽかった。
 いま、仙台の街は活気を取り戻し、新緑が眩しい街並みにハイヒールの靴音が響いている。まるで何事もなかったかのように――。
 人権NPOワールドオープンハートは、この五月から「被災者専用人権相談ホットライン」を開設した。震災直後の支援はとにかく物資配給が中心だったが、三カ月が経過し、徐々に人々のニーズも変化している。会社の経営が続けられない、従業員に給料が払えない、交通機関がストップして会社に行けなかったのに解雇されてしまった、などのさまざまな権利関係の相談に、弁護士会、司法書士会、社会保険労務士会などが無料相談会を開いている。また、臨床心理士、精神保健福祉士などのメンタルケアチームも各地で相談を受け付けはじめた。一見、落ち着いたかのように見える外観とはうらはらに、失業、病気、トラブル、自殺、犯罪……震災がもたらした大きな問題が街のいたるところに渦巻いているのだ。
 ワールドオープンハートの人権相談は、避難所での性的嫌がらせ、セクシュアルマイノリティの悩み、被災者に対する差別など人権に関する困りごとを想定している。被災者だけではなく、被災地からの児童を受け入れた学校や、その他の相談機関に寄せられた相談で解決策が見出せずに困っているような「支援者側」からの相談も受け付けている。これまで寄せられている相談のほとんどは、じつは「支援者」として被災地で働く人々からの悩みである。
 震災直後は、この街に住む者の誰もが「被災者」だった。先行きは見えず、ただ毎日生きていくことに必死で、肩を寄せあって生きてきた。しかし、いまでは避難所生活を続けている人々がいる一方、元の生活に戻り始めている人や県外で新しい生活を始めている人もいる。当然、被害の大きさや地域によって復旧の速度にも差が出ている。これから被災地で問題となるのはこの「格差」である。
 行政の対応の遅れに苛立ちを感じる被災者も増えるばかりで、被災者から毎日のように激しい感情をぶつけられている窓口の担当者の中には、精神を病む者も出てきているという。被災者の気持ちがわかるだけに、自分の力ではどうにもできない焦燥感と無力感に苛まれる日々は、少しずつ精神を蝕んでいく。ワールドオープンハートに所属するメンバーも皆、団体以外の被災地支援に携わっており、通常業務のほかのボランティア活動などで多忙な日々を余儀なくされている。みんな表情は元気でも、余裕を感じられる人はいない。
 サバイバーズギルト――事故や災害で生き残った人々が抱く罪悪感である。一緒に避難していた人が亡くなったり、家族の中で自分だけ生き残った人々が強い自責の念に駆られ苦しんでいるであろうことは想像に難くない。被災地に住む人々の中に少なからず存在している感情ではないだろうか。この感情が、休息や、楽しむこと、本当の気持ちを表現することを阻んでいる側面がある。
 支援者側の無理は二次被害を招きかねない。一所懸命になるあまり、過剰に批判的になったり、他人に無理を強いたりすることは戒めなければならない。復興までは長い道のりである。息切れしないためにも、心の余裕が必要である。できないことにとらわれるのではなく、小さくても自分ができることを一人ひとりが進めていけばよいのだ。命を大切にし、他人を思いやり、復興のために心をひとつにしていきたい。そうでなければ、亡くなられた方々に本当に申し訳ないではないか。

(あべ・きょうこ/World Open Heart 代表)

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