コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2011/10/18up)




◆ 悲しみと思い出を抱いて生きていく

〈『部落解放』2011年10月号掲載〉

阿部恭子

 一〇年ぶりの再会だった。
 ワールドオープンハートの人権相談に訪れたSさんは、相変わらず年齢より若々しく、熱いハートとは裏腹にクールな表情で私を見た。彼女は私の存在に気がつくと、照れたような少し気まずそうな顔をしながら挨拶を交わした。私が、ほかのスタッフに相談を替わろうかと話すと、むしろよく知っている私のほうが話しやすいと、うれしそうな表情を浮かべた。
 一〇年間お互い何をしてきたのか、震災後家族は無事だったか……思い出話に花が咲き、相談の核心に辿り着くまで時間を要した。しばしの沈黙の後、いまここに相談に来ているわけを率直に聞いてみた。すると、「驚いたし、あんまり話がおもしろいから、悩んでること忘れてしまった!」そういって、Sさんはまた連絡すると伝えて帰ってしまった。
 実はこの日の相談は二回目だった。一度は匿名で電話をしてきたのだ。もちろんお互い知り合いだとは気がつかなかった。電話の中で彼女は、自分の話をあまりせず、世間話ばかりしていた。この人はいったい何を話したいのか、そう不思議に感じていたが、会話の波長が合ったのか、面談でじっくり相談したいという申し込みを受けた。
 しかし、今日も電話での会話とさほど変わりはなく、再会できた嬉しさの反面、不安が残った。知り合いで話しにくいことがあればいつでもほかのスタッフを紹介するといったメールを送ってフォローすると、近々飲みに行こうという返事が返ってきた。彼女の悩みはとても深いところにある……。そう感じた。
 仕事を離れた会話は弾み、お互いに酔いがまわってきたところで、彼女がようやく切り出した。
 彼女は震災で恋人を失っていた。それは、年下の若い女性だった。
 彼女はすでに結婚し、子どももいたはずだった。突然のカミングアウトに一瞬驚いたが、彼女がなかなか悩みを切り出せなかった理由がようやくわかった。
 彼女が自分を同性愛者だとはっきり自覚したのは結婚してからだったという。田舎の保守的な家庭に生まれた彼女にとって、結婚は義務だった。無論、相談できる相手も存在せず、同じ同性愛、特にレズビアン仲間と会えるようになったのは最近の話だという。
 彼女は、自分のセクシュアリティに気づいたからといって家庭を捨てることはできなかった。しかし、あるひとりの女性への感情は抑えることができず、その女性との交際を数カ月間続けていた。彼女と過ごした時間は、生まれて初めて、自分を自分らしいと感じることができた瞬間だったという。
 震災前日、三月一〇日の夜、彼女と口論になったという。交際を始めた当初からたびたび喧嘩の種となっていた二人の生き方の違い。閉鎖的な環境から、無意識に自らのセクシュアリティを隠すことを強いられてきたSさんと、常識にとらわれず奔放に生きる彼女。まったく正反対の生き方、性格を持つ二人だったが、互いに強く惹かれあっていた。その夜、彼女はいつまでも離婚を決断しないSさんに怒りをぶつけ、喧嘩をしたまま別れてしまっていた。
 翌日、彼女の働いていた工場が津波に流され、いまだ遺体が発見されないのだという。Sさんの眼からは涙が溢れ、しばらく嗚咽が止まらなかった。
 多くの人が、多くの大切なものを失ってしまった。この大震災に、世界中が同情し、悲しみに共感してくれている。一方で、周囲に理解されない秘密を抱えるがゆえに、悲しみを誰とも分かち合えずに孤独に苦しんでいる人々も存在する。Sさんは、この苦しみは家族を裏切った罰、そして、自分自身を裏切り続けてきた罰だと言う。しかし、本当にそうだろうか……。彼女が自分を取り戻せる日が来るまで、その悲しみに寄り添っていきたいと思っている。

(あべ・きょうこ/World Open Heart 代表)

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