コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2011/12/19up)




◆ 百年の御神火

〈『部落解放』2011年12月号掲載〉

中上 紀

 国家により捏造された「大逆事件」により、幸徳秋水らが検挙、処刑されてから一〇〇年が経ったという。東日本大震災を経て原発問題に対する一連の報道、政府の対応を目にしながら、ほとんどはじめて、国家規模でものを考えるという経験をした。その上であらためて一〇〇年前を振り返ってみたくなった。大逆事件の犠牲者の一人である大石誠之助の故郷新宮で、考えたことを記す。
 日本は明治維新時、天皇を頂点とする支配構造を形成、下層部の人民に重い税を課し支配してきた。言いかえると、国家は徹底的支配なしには成り立っておらず、その構造が崩されることをもっとも恐れていた。政府批判者は「天皇の敵」とし、徹底的なまでに弾圧せねばならなかった。大逆事件当時、日本は日清戦争、日露戦争、韓国併合、富国強兵と、「大日本帝国主義」にまい進している最中であり、社会主義者、非戦論者は目の上のタンコブだった。爆弾製造などの容疑を捏造、逮捕の上処刑にすることよって、邪魔な者らを一掃するのと同時に、人民への見せしめとして利用したのである。
 国家による事実の歪曲や情報操作を、我々は福島原子力発電所の事故により目の当たりにすることとなった。嘘と茶番だらけの政府や東電の答弁に、混乱させられ、信じた人々は命を危険に晒された。いったい何が本当なのか。そう考えさせられる構造は、国民の士気をあおるために負け戦を勝ち戦のように報道した第二次世界大戦中の政府体制にも似ている。
 嘘から出たまこと。処刑前、大石誠之助はそんな言葉を残している。社会主義者らを支援していた、ただそれだけで罪を着せられ、一審のみで控訴もなく死罪となる。国家の、有無を言わさぬ絶対的支配である。原子力という、嘘のような、魔法のような力による支配も、絶対的支配だ。標的となったら最後、抗うことは不可能、命を落とすか、生きても子孫まで支配される。
 紀伊半島だけでかつて数カ所もの原発建設計画があったことを知り、驚いた。そのうちの一カ所、三重県熊野市の熊野原発の計画があった場所のすぐ近くに、暮らしていたことがある。そこここに反対運動の看板が掲げられていたのを、はっきりと記憶している。奥熊野と呼ばれるこの界隈は、黒潮が運ぶ南の文化がもっとも色濃く残った地域、すなわち熊野の原点のような場所である。海の彼方からの来訪神信仰が存在する地でもあり、徐福漂着伝説や、神武天皇の上陸伝説が伝わっている。古くから土地の人々は、流れ着く者のすべてを受け入れてきたが、それは共に歩むということであり、支配されることではなかっただろう。中央集権の君臨は、そこに決して相容れない。
 大逆事件では、紀伊半島から六人もの逮捕者が出ており、そのうち二人が処刑されている。なぜ紀州でなければならなかったのか。東京からも京都からも離れた、闇の国、黄泉の国と呼ばれる熊野でなければならなかったのか。新宮は当時、材木によりたいへんに栄えている町であった。水野家の城下町として、熊野速玉の門前町としても由緒ある地であった。新宮の文化の中心にいた医者の大石誠之助は、海外にて社会主義の影響を受けていた。中央は、地方がこうした力をつけるのを避けたかったのかもしれない。そもそも、中世の上皇たちが熊野詣を繰り返したのは、熊野の力を恐れたからではなかろうか。海との交流と山深い地形から発展した独自の文化や、熊野水軍といった力を。
 社会主義者らと一緒に熊野も消してしまおうという思惑が、中央政府にあったのかなかったのかは知らない。だがとにかく、大逆事件により、華やかだった新宮は地の底に突き落とされた。けれども、新宮は屈することはない。
 たとえば、お燈祭りという祭りがある。松明を持った男たちが山から駆け下りてくる勇壮な祭りであるが、喧嘩が絶えないという。白装束を着て、ゴトビキ岩と呼ばれる大きな岩まで上がった男たちは、神火をいただくまで待機するが、必ず偽火が出たという噂が飛ぶ。喧嘩はそこで起こる。待ちきれなくてライターで火をつけるなどもってのほか、と偽火の犯人は痛めつけられる。
 本来の火の意味は、暖をとる、明かりにする、穢れを浄化するといったことであり、自然の中からはぐくまれる豊かさと直結している。大石誠之助は、インドで酷烈なカースト制度を目の当たりにし社会主義者となったが、そのインドのヒンドゥー教でも、火は浄化を意味する。
 偽火の喧嘩は、神の火を守るための喧嘩だ。神の火は、明かりや温かさを提供し、人の絆を深め、穢れを浄化するものだった。決して、安易なライターの火であってはならない。銃器の火、原子力の火であってはならない。愛に、満ちていなければならない。新宮には、熊野には、その愛がある。人々の、ほとんど命がけの反対運動により、原子力発電所は紀伊半島にはとうとう一カ所もできなかった。そして、一〇〇年という年月をかけて、大石誠之助たちの名誉は回復されつつある。

(なかがみ・のり/文筆家)

中上 紀の旅物語
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