コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2012/5/21up)




◆ 「当事者」を広げる市民活動

〈『部落解放』2012年5月号掲載〉

早瀬 昇

 「新しい公共」という言葉がある。政権交代で首相となった鳩山由紀夫氏が所信表明演説に使いだしたことから民主党の政策用語と思われがちだが、自民党政権下でも「新たな公」という言葉が多用されていた。政権の違いを超えた現代社会のキーワードといっても良いだろう。
 この言葉は、これまで政府の専管事項とされがちだった公共活動を、市民活動や企業のCSRの取り組みなども含めて広くとらえ、官民が協働して公共活動を実現する、といった文脈で使われることが多い。その背景には多額の債務を抱え、その上、高齢化などで公共サービスの需要が拡大するなか、政府だけで公共的ニーズをまかないきれないという財政的事情もある。
 しかし、より積極的にとらえるなら、民間の公共活動の特性を生かすことで、公共サービスの質を高める意味がある。実際、市民活動をはじめとする民間の取り組みは、全体に拘束されないため全体状況が判然としない災害時にも機動的に活動できる。また、それぞれの関心に応じ、その特性を生かすことで、全体として多彩な活動が展開できる。さらに、個々に応じることができるから、「他ならぬあなたのために」という関わりができ、温かい対応を生み出しやすい。そして、自己責任で取り組まれるからリスクを積極的に負うことができ、新たな取り組みが創造されることも多い。このように、民間の公共活動には行政のそれを超える特長が数多くあげられる。つまり公共サービスをもっぱら行政に頼る社会よりも、官民の活動が並立・連携(時には競争)していく社会の方が、より柔軟で活気のある社会ができるといえる。
 もっとも、ここであげた特性は企業を含む民間活動全般に当てはまる。では企業では難しい、市民活動ならではの特徴は何だろうか。  非営利活動として利益の期待できない分野でも果敢に活動を進められる。ボランティアの参加や寄付の受け皿になり市民の社会参加を進める……などの点があげられるが、筆者が特に重要だと考えるのは、上記の「当事者を作る」「当事者意識をもった人々の輪を広げる」ということだと思う。
 「当事者」とは「その事または事件に直接関係をもつ人」(広辞苑)とされるが、この当事者には、存在として「当事者である」人と、その行為によって「当事者となる」人がいる。
 前者の「当事者である」人とは、たとえば介護を必要とする高齢者やその家族、外国籍住民など、その暮らしの中で様々な生きにくさを抱えている人たちだ。
 これに対して「当事者になる」というのが、一般的な市民活動のスタイルだ。つまり、当初は「当事者ではない」人たちが、社会の課題と接することで、その課題を他人事ではない自分の問題だと受け止め、直接的にその課題解決に関わろうとする。「当事者になる」わけだ。
 実際、宮城県南三陸町で始まり、その後、沿岸部の被災地に広がったボランティア活動「思い出探し隊」にまつわるエピソードに接した際にも、このことを実感した。そのエピソードとは、この活動がボランティアにとって、時に心理的負担が重くなりすぎることがあるということだ。見つけたアルバムにある写真の中には津波で亡くなった方々の姿も多い。その被災者のことを強く思い、ショックを受けてしまう人もいるというのだ。そこで、活動時間を区切ったり、活動終了後にボランティアの思いを聴き、ストレスをため込ませてしまわないよう配慮がなされたという。かなり辛い形だが、ボランティアが被災者の立場に近づくことの一つの事例だといえる。
 しかも、この「当事者となる」ことは、「当事者である」人たちにとっても重要だ。「当事者である」人たちも、自らその課題を社会に訴えていくなどの行動がなければ、活動のダイナミズムを生み出せないからだ。たとえば自殺問題は、かつて自死を選ぶ人や遺族の個人的問題と扱われることもあった。それが深刻な社会問題と認識され、自殺対策基本法の成立などに発展したのは、遺児たちが自ら名乗り出て、自殺の背後にある社会問題の解決を訴えたことからだった。
 つまり、社会の課題解決を進めるには、人々の間に「当事者になる」というボランタリーな姿勢が広がることがとても大切なのだ。
 今、一方で「劇場型」といわれる政治状況が進んでいる。しかし劇場の観客となっては、市民の当事者意識は低下する一方だ。市民の自治を進めるには、利害調整を「指揮官」に任せるのではなく、討議・熟議の面倒なプロセスを担う市民を増やしていく社会づくりこそが重要なのだと思う。

(はやせ・のぼる/大阪ボランティア協会 常務理事)

http://www/osakavol/org/


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