コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2012/7/11up)




◆ 労働者の気持ちになってみたら…

〈『部落解放』2012年7月号掲載〉

橋口昌治

 大学生だったころ、ある店員の態度によって物のとらえ方が大きくひっくり返された。
 買い物に行って歩き疲れた私は、少し休もうとチェーン系の喫茶店に入った。何も言わずに出てきた店員にコーヒーとピザを注文すると、店員は無言のままレジを操作し、値段だけを伝えてきた。店のキャップを目深にかぶっているため目元は見えないが、無表情であることは間違いなかった。そしてお金を払うと、怠そうに冷凍庫を開け、凍ったピザを取り出してオーブンに放り込み、コーヒーメーカーのスイッチを入れた。
 それなりの金額を払ったピザがペラッとした冷凍食品だったこと以上に、私は店員の態度に腹が立った。「なんなんだ、この接客は!」と思った。「いらっしゃいませ、とか、ありがとうございます、とかあるんじゃないのか」。悪びれずピザが焼けるのを待っている店員を見ながら、キャンセルしようかとすら考えた。しかしカーッと熱くなった頭も冷めてしまうほど待たされた私は、ふと「これが逆の立場だったら……」と思った。「逆の立場だったら……自分もこうするかもしれない」と素直に感じた。そうすると店員の態度に納得できたし、待つことも苦ではなくなった。
 その後、労働運動の活動と研究にかかわるようになったが、過剰なサービスを求められて心身ともに疲弊している労働者を見るたびに、このときに得た逆転の発想が社会的にも重要であると感じてきた。賃金に比べて割の合わない仕事が求められることへの徒労感、客や上司に何を言われるかわからない緊張感、何を言われても「申し訳ありません」と言わなければならない不条理感。日本の労働現場では、もはやこういったことは常識になっており、疑問視するだけで「就業意識が未熟だ」と白眼視される恐れがある。
 先日アメリカに行く機会があったのだが、見送りに来た人から「アメリカでは店員も客も同じ人間同士、対等な立場にあるという考えが強いから、日本にいるときのように振る舞ったらトラブルが起こる可能性があります」とアドバイスを受けた。実際アメリカに限らずアジア諸国などを旅していても、人々がのびのびと働いている姿をよく目にする。もちろん労働問題や貧困問題がないわけではない。しかし自分のペースで働き、時に気に食わない客を無視するくらいの態度を見せる労働者の姿は清々しい。そこからは「私は労働者や消費者である前に人間だ。あなたもそうでしょう?」という声が聞こえてくる。
 ひるがえって日本ではどうだろうか。「お客様の気持ちになって考えましょう」という声が溢れ、労働者は押しつぶされている。逆に「労働者の気持ちになってみましょう」という声は聞かれない。むしろ労働者として自分がしていることを、消費者になったときに当たり前のように他人に求めていないだろうか。しかし、それでは労働条件は悪くなるばかりだ。
 最近、「もうこんな悪循環は終わりにするべきだ」と強く感じている。そのためにも消費者と労働者の連帯、労働者による消費者運動、そういったものが求められている。まずは「サービスは多少悪くてもいい」という考えをあなたにも持っていただければと思う。

(はしぐち・しょうじ/ユニオンぼちぼち)

筆者の著書
『若者の労働運動―「働かせろ」と「働かないぞ」の社会学』(生活書院、2011年)
『〈働く〉ときの完全装備―15歳から学ぶ労働者の権利』(共著、解放出版社、2010年)


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