コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2012/9/20up)




◆ 「差別」の敬遠が招く差別の増殖

〈『部落解放』2012年9月号掲載〉

竹信三恵子

 この春、『ルポ賃金差別』(ちくま新書)という本を出版した。以来、「差別」という言葉が日本でいかに敬遠されているかを思い知らされ続けている。
 この本は、賃金差別とは何かを、訴訟などを起こした体験者への取材を通じて明らかにしたものだ。だが、読んでくれた労組の男性の何人かから、「いい本だけど、タイトルの『差別』という言葉がきつくて紹介しにくい。もうちょっとマイルドなタイトルにしてくれればいいんだけど」と言われた。すぐれた労働運動の実践をしてきた人たちだったので、意外に感じた。
 次には、米国の大学で教えている知人から、日本の大手メディアに寄稿したら、文中の「賃金差別」という言葉を「賃金格差」に言い変えてくれないかと求められたと言ってきた。知人は一時帰国中にこの本を読んでくれて、とくにこだわりもなく日本の賃金差別にふれたようだが、「差別という言葉を使うとそれだけで読者に引かれてしまうから」と説明されたという。「米国では差別という言葉は当たり前なんだけどなあ」と、知人は首をかしげた。
 首をかしげるのも無理はない。「格差」と「差別」は別のものだからだ。賃金格差とは、「差があること」にすぎない。だが、賃金差別とは女性や若者、非正規労働者など、「安くても仕方ない人々」のカテゴリーを設けることでその仕事の価値への正当な評価を妨げることだ。日本では、こうした「賃金差別」についての定義が共有されていない。だから、何をもって差別とするのかの物差しの整備も進まない。
 そんななかでは、性別や雇用形態などの当人に責任がない理由で働きに見合わない賃金に据え置かれているとの疑問を持っても、働く側には立証するすべがない。
 基準がないため、雇う側も「差別だ」と騒がれたら終わりだと不安を抱き、「差別」という言葉への拒否を招いている。こうしたなかで、「差別」は「格差」にすりかえられ、「差別」という言葉は消され、放置された差別は、静かに増殖を続ける。
 欧州や、「格差社会」といわれる米国でさえも、同一労働同一賃金、または同一価値労働同一賃金の物差しとして、スキルの高低、責任の軽重、負担の軽重、労働環境の過酷さの四つで測ることが法律などで決まっている。だから、人々は、一応はこれに照らして、賃金差別を問題にすることができる。差別という言葉にきちんとした定義を与え、それをはかる国際基準の物差しを整えることで、「人はそれぞれ違うんだから賃金に差があるのは仕方ない」「非正規が安いのは怠けているからだ」といったサギめいた言説の横行に歯止めがかかる。それなしでは、日本人の賃金は、最低賃金レベルまで際限なく下落し続けるだろう。差別は最強で最悪の賃下げ装置なのだ。これでは、デフレからの脱出は夢のまた夢となる。
 まじめに働いている人々に、正当な評価を! それこそが働く場の元気の回復につながる。差別を敬遠せず、これに向き合うことは、そのための第一歩だ。

(たけのぶ・みえこ/ジャーナリスト、和光大学教授)


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