コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2012/10/16up)




◆ いのちあるものの匂い

〈『部落解放』2012年10月号掲載〉

纐纈あや

 いきているものに共通するひとつの大きな特徴は“匂い”だ、と彼は言った。いのちあるものには匂いがある、というのだ。わたしたち人間はもちろんのこと、動物、植物、微生物、そしてそれらが排泄するものや住処にも匂いがある。人間であれば、人種や年齢、生活様式や食習慣によっても、まとっている匂いはみな違う。しかし戦後、社会が近代化していくなかで、さまざまな匂いが消えていった。汲み取り式の便所や肥溜めはなくなり、オヤジの加齢臭は嫌われ、いまやドラッグストアには多種多様の消臭剤が並ぶ。におう→くさいが、いじめの理由にもなる。無臭であること、あるいは芳香を漂わすことがよしとされている今日において、いま私はあらためていろいろな匂いと出会う機会をいただいている。
 前述の彼とは、泉州地域で精肉店を営む店主の北出新司さん。私が北出さんのお家に通わせていただくようになってもうすぐ一年になる。一家が精肉業を生業にしてきた歴史は七代前までさかのぼる。自営で牛、豚を育て、家から数百メートル先の公営と畜場に連れこみ、手作業で解体し、その肉を店先で販売する。この営みを永々と繰り返してきた。しかしその公営と畜場が今年の三月で閉鎖となり、家族で行う屠畜の歴史は幕を閉じた。私が初めて北出さんにお会いしたのは閉鎖が半年後に迫ったときだった。昔ながらの形態が奇跡的にも残ってきたといえるこの一連の仕事を、最後の一度だけでもなんとか映像に記録させていただきたいというところから、ドキュメンタリー映画としての撮影が始まった。
 それ以前にも、何度か屠場を見学したことがあった。作業場に足を一歩踏み入れると、そこには生と死が混在している空間の圧倒的な緊迫感とエネルギーが充満していた。刻々と流れゆく時間のなかで、自分と同じ人間が、正面きっていのちと向き合って労働する姿に、瞬きするのも忘れた。人間のために、私のために、目の前でいのちあるものが“肉”となっていく。その光景を、一時たりとも見逃してはいけないと必死だった。以来、私のなかで屠場は常に気になる場所だった。
 北出さん一家の屠畜作業は、実に厳かだった。自宅から牛の手綱を引いて屠場に連れて行くところからまさに真剣勝負が始まる。七〇〇キロもの牛が暴走したら大事故につながる。その緊迫感は、ハンマーで一撃して倒れるまで続く。そこからは静けさのなか、小学生のころから倣い覚えた見事な手つきと、阿吽の呼吸で粛々と仕事は進んでいく。北出さん曰く、自分の所で育てた牛は、解体しているときの匂いの違いでわかるそうだ。
 この日から、北出さんご一家の日々の暮らしや地域のコミュニティ、年中行事などの撮影を進めさせていただいている。数日後には盆を迎える。その起源が二五〇年前といわれる盆踊りは、村の人々にとって年に一度の最大の楽しみであった。先祖の霊を慰めるとともに、差別の痛みをいっきに爆発させる機会であり、それはやがてわき起こる解放運動のエネルギーの源であったともいう。
 匂いは目に見えないが、確実に感じられるものだ。それと同様に、思いや心、あるいは差別する意識も、目には見えないが確かに存在する。映像というものは、目に見えるものを映し込みながら、そこに見えないものをどう読み取ることができるかを問うものだと思っている。

(はなぶさ・あや/記録映画作家)


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600