コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2012/11/21up)




◆ 福島こども被災者支援法の実施にむけて

〈『部落解放』2012年11月号掲載〉

海渡雄一

 日弁連は、福島第一原発事故被害者に対する完全な損害賠償の実現はもっとも重要な課題として位置づけてとりくんできた。二〇一一年九月から東京と郡山で活動を開始した原子力損害賠償紛争解決センターは災害発生の直後から日弁連が政府に提言し、実現にこぎ着けた。センターで働く約三〇〇人の仲介委員、八〇人を超える調査官は全員が弁護士である。二〇一二年八月末の段階で申立件数は約四〇〇〇件を超えている。
 これまで、福島原発事故被害者については、その被害を賠償する第一次的責任は加害者である東京電力にあるとされ、損害賠償問題としてのみとらえられてきた。しかし、事故被害者に対する法的支援を進めるなかで明らかになったことは、損害賠償だけでは被害者の生活は再建できないということであった。
 わが国の憲法は、個人の尊厳を基本理念とし、幸福追求権(第一三条)や生存権(第二五条)、財産権(第二九条)をはじめとする人権を保障し、国は、これを実現する責務を負っているのであるから、福島原発事故によって著しく人権が損なわれた被害者の尊厳を回復し、その生活再建を図るために、憲法に定めた各人権保障規定の趣旨に則って最大限の努力を尽くさなければならない。この点について重要な示唆を与えてくれる国際人権原則が「国内強制移動に関する指導原則」である。
 日弁連は、前記の国際原則などもふまえ、避難した者と危険を感じながら福島に残っている者の双方を含む被害者に対する人道的援助の第一次的な責任は国にあるとの観点にもとづいて、二月一六日付で「福島の復興再生と福島原発事故被害者の援護のための特別立法制定に関する意見書」を取りまとめ、立法実現のために活動を重ねてきた。
 六月二一日、「東京電力原子力事故により被災した子どもをはじめとする住民等の生活を守り支えるための被災者の生活支援等に関する施策の推進に関する法律」が成立した。与野党から参議院に提出されていた法案が、与野党間の協議により一本化されたものである。
 法案成立は以下の点で画期的なものだ。まず、この法律は、事故により放出された放射性物質による放射線が人の健康に及ぼす危険について科学的に十分に解明されていないこと(第一条)を認めている。この認識はきわめて重要で、政府の事故対策においても徹底されるべきである。
 また、被害者が被災地に居住するか、避難するか、または避難したあと帰還するかについて、被害者自身の自己決定権を認め、そのいずれを選択した場合であっても適切な支援を受けられることを認めている(第二条第二項)。前記原則の自己決定権の尊重を具現化した規定である。法案の審議の過程でも提案者から、異なる選択をした被災者の間の心の垣根を乗り越える手立てとなり得るものと説明された。原発事故の被害者のなかに居住地や被ばくへの考え方の違いなどによって生み出されている複雑な心の垣根が、取り除かれていくようにと願わずにはいられない。国がこれまで原子力政策を推進してきたことに伴う社会的責任を負っていることを認めていることも特徴だ(第三条)。
 被害者に対する医療支援の施策について、その医療の内容が本件「事故に係る放射線による被ばくに起因しない負傷又は疾病に係る医療を除いたもの」(第一三条第三項)とされている点は文言上は明確とはいえないが、国会審議において提案者から、本件事故による放射性物質と生活の激変がもたらしたと思われる疾病、障害については可能なかぎり支援すべきという説明がなされている。事故の恐怖や避難生活を余儀なくされたこと、さらには家族が別々に生活せざるを得なくなったことなどのストレス等に起因する精神的疾患や生活習慣病等についても、広く支援の対象とされるべきである。
 この法律は、被害者支援の基本法的な位置づけのものであり、具体的な施策については、今後政府の計画や政令等で定められることになる。とくに重要な点は、第八条における「支援対象地域」について、「その地域における放射線量が政府による避難に係る指示が行われるべき基準を下回っているが一定の基準以上である地域をいう」とされているが、ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告である一般公衆の被ばく限度量である年間一ミリシーベルトを超える放射線量が検出される地域を「支援対象地域」とすべきである。
 日弁連は、この法律が真に実効的な被害者支援の立法となるよう、市民団体と協働して「原発事故子ども・被災者支援法ネットワーク」を組織した。九月五日にはネットワーク主催で議員会館内で被害者、自治体、NGOの意見を聞く会がもたれた。仕事や住宅、家族が別れ別れとなっている場合の交通費や高速代、被災地域に住み続けている方々からの乾燥機の設置や保養の権利の具体化を求める切実な声が示された。ネットワークは一〇月一三日には郡山で福島フォーラムを開く予定である。今後も日弁連は国・復興庁が真摯に被害者や被害自治体の声に耳を傾け、被害者の生活再建につながる具体的施策を講じるよう強く求めていく。

(かいど・ゆういち/弁護士/日弁連東日本大震災・原発事故対策本部 副本部長)


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