コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2013/6/10up)




◆ 日本政府によるヘイトクライム

〈『部落解放』2013年6月号掲載〉

中村一成

 二〇〇二年四月、イスラエルによる侵攻直後のジェニン・パレスチナ難民キャンプを歩いた。軍事用ブルドーザーで踏み均された一帯はそこで起きた事態を想像もできないグラウンド・ゼロと化していたが、難を逃れた者の話で出来事の一端を知ることができた。車いすの男性が家ごと踏み潰され、兵士に呼び出された父が娘の目前で射殺される――。世界の無関心の中で行われた虐殺を目の当たりにした子どもたちの心のケアにあたったエルサレム在住のパレスチナ人カウンセラー、ラナ・ナシャシビさんは現地の少女からこう問われ絶句した。「私たちが殺されている時、貴方はどこで、何をしていたのか?」
 「在日特権を許さない市民の会」など「行動する保守」が二〇〇九年から一〇年に起こした京都朝鮮第一初級学校襲撃事件が関係者に残した傷跡を記録している。被害者と相対する中で、幾度も想起したのはジェニンの少女の問いだった。「スパイの子」「半島帰ってウンコ食っとけ」「朝鮮学校を叩き出せ」――。白昼堂々、警察が見守るなかで一時間にも及ぶ罵倒が続いた時、私はそこにいなかった。いても何の役にも立ちはしなかったであろうけれど。
 当然ながら関係者は刑事告訴と民事訴訟を考えた。だが反対する保護者も多かった。一つはこの国への不信感である。一六歳の少年が射殺され、夥しい死傷者を出した阪神教育闘争は、保護者にとっては祖父母の経験である。九四年には国土法違反容疑で朝鮮総連京都府本部が大規模な捜索を受けている。京都府警の照会を受けた京都市が、適正だった手続きを不適正としたのに便乗した不当弾圧だった。府警本部長は左遷されたものの、総連関係者への謝罪はなかった。近現代の犯罪史への贖いを求めた民事訴訟の数々は棄却の山と変わっていく。そして朝鮮学校の高校無償化排除……。立法と行政が朝鮮人には何をやっても構わないと範を垂れ、司法がお墨付きを与えてきたのが日本の歴史である。「階層論」や「若者論」以前に、「在特会」はこうして溜め込まれたヘドロの噴出だと思う。
 もう一つは終わらぬ事件への忌々しさと不安である。他でもない朝鮮人であることを肯定する朝鮮学校で、朝鮮人は人間ではないと言われ続けた傷は、三年半を経た今も深い。古紙回収車の放送に「在特会が来た」と怯える子がいれば、徒歩数分の家と駅の行き来に送迎を求める子もいる。ふと甦る記憶に苦しむ教員や保護者も少なくない。可能なら一刻も早く忘れたい事件を、あえて煩雑で時間のかかる司法の場に委ねた大きな理由は、「子どもたちの尊厳を守りたい」との思いだ。
 刑事告訴から逮捕まで八カ月半。民事訴訟は三年近く経つ今も続く。襲撃犯が投稿した動画に犯行の一部始終が映っていながら、ここまで時間がかかった大きな原因は適正な法律がないことだ。この訴訟は、民族教育の権利とヘイトスピーチの犯罪性を問う判例の嚆矢になりえると同時に、戦前から一貫して続き、今後さらに激しくなるだろう日本政府によるヘイトクライムをも射程に収める。この闘いの中から私は、「共に生きる」ための言葉を掴み出し、劣化し続ける社会に投げ返したい。それがあの時、そこにいなかった者の「落とし前」だとも思うから。

(なかむら・いるそん/ジャーナリスト)


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