コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2013/7/10up)




◆ ヘイト・スピーチ法規制と表現の自由

〈『部落解放』2013年7月号掲載〉

師岡康子

 安倍政権成立後、ヘイト・スピーチが、各地で過激化、頻繁化している。カウンター行動などの反対運動も活発化し、マスコミでも批判的にとりあげられるようになった。しかし、問題の争点は、ヘイト・スピーチは表現の自由か否かというところで留まり、表現の自由だから法規制すべきでないという主張も根強い。
 しかし、国際人権法では、ヘイト・スピーチは人種、民族、性等を理由とする差別、言葉の暴力であり、表現の自由の保護の範囲外にあり、違法もしくは犯罪とすべきとされている。表現の自由は国際人権法においても重要だが、ほかの人権と同じく無制約ではなく、ほかの者の人権などにより制限される(自由権規約第一九条等)。特に、ヘイト・スピーチについては、自由権規約第二〇条で「差別、敵意又は暴力の扇動となる国民的、人種的又は宗教的憎悪の唱道は、法律で禁止する」と明記されている。また、人種差別撤廃条約では、第二条一項d で「各締約国は……いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させ」、また、第四条本文では、特にヘイト・スピーチに対し、締約国が「非難」し、「根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する」義務が明記されている。
 これらの条約に日本も加盟しており、すでに政府および国会は、ヘイト・スピーチを禁止して法的に規制し、根絶のため迅速で積極的な措置をとる法的義務を負っていることを議論の出発点とすべきだろう。
 そもそも、世界各国で、名誉毀損、侮辱、脅迫等は、表現行為であるにもかかわらず、犯罪として規制されている。それは表現内容が、他人の人権を侵害するからである。日本で、これらを犯罪として規制することの反対論は聞かない。しかし、表現内容がマイノリティへの差別となると、急に、あたかも表現の自由が絶対であり、規制するのではなく、言論で対抗すべきだという主張が出てくる。貶められ、いたぶられ、傷つけられ、黙らされ、排除されるマイノリティの深刻な心の傷を軽視しているのではないか。
 直接のカウンター行動の意義は大きいが、それだけでは、すぐにヘイト・スピーチを阻止できず、私たちの目の前にいるターゲットにされた人たちの塗炭の苦しみを止めることはできない。
 「ゴキブリ蛆虫朝鮮人」「皆殺しだ」「レイプしろ」と言われて、どのような対抗言論が成り立つというのだろう。存在自体を否定され言葉を失うだけでなく、さらなる攻撃を避けるため沈黙を強いられ、表現の自由の名の下に、マイノリティの表現の自由が奪われている。
 さらに、ヘイト・スピーチが、マイノリティへの物理的暴力、虐殺、戦争を導くことは、ナチスドイツ、関東大震災における朝鮮人虐殺、ルワンダなどで歴史的に証明されている。
 ヨーロッパ諸国等の上記条約の加盟国のほとんどはヘイト・スピーチを違法化もしくは犯罪化しているが、それらの諸国すべてに表現の自由がないというのだろうか。表現の自由とのバランスをとりつつ、規制対象をできるかぎり限定し明確化するなど、濫用を抑えるよう、各国とも工夫を重ねている。
 日本でも規制か、野放しかというゼロか百かの議論を脱却し、各国の経験から学びつつ、両者のバランスをとった具体的な規制法の検討にすぐに着手すべきである。

(もろおか・やすこ/大阪経済法科大学アジア太平洋研究センター客員研究員)


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