コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2013/10/15up)




◆ アンドレッサの希望

〈『部落解放』2013年10月号掲載〉

金光敏

 アンドレッサ(仮名)から私にメールが届いた。「金さんと会うまで、自分が病気だと疑っていました。今は病気じゃないとわかりました。私だけが抱える問題でもないと知って、正直、複雑な気持ちです。自分がおかしくないとわかったのは嬉しいけど、他にもこういう状態の人がいることが悲しいです」
 アンドレッサは日系ブラジル人。小学校五年生のとき、親の「出稼ぎ」に連れられて日本にやってきた。「出稼ぎ」とだけ書くと、在日ブラジル人のようすは正しく伝わらない。日本に暮らす南米出身者の多くが、一九九〇年の入管法改定以降に来日している。単純労働市場における外国人労働者の門戸開放はしないと“タテマエ”を掲げる日本政府。しかし、バブルの時代、現実に不足する労働力を補うためには、海外から受け入れるしかなかった。日系ブラジル人や日系ペルー人なら、文化摩擦を起こさないだろう、つまり南米の日系社会の正しい理解よりも「血統」が重視され、その受け入れが始まった。
 アンドレッサの日本での暮らしは一〇年におよぶ。しかし、聞き取れない日本語はまだある。だから、日本語での会話に自信がなく、あまり人前で話そうとしない。一方、ブラジルで過ごした日々もいまや遠くなり、ポルトガル語にもわからない言葉がある。自分の母語は一体何なのか。いや自分はきっと病気で、劣っているから言葉が不十分なのだと思い込んできた。
 アンドレッサとは、在日ブラジル人社会への支援活動のなかで知り合った。当時大学三年生。在日ブラジル人の若者で大学に進学した人は少ない。彼女は得意の英語で特別入試に合格、四年間の大学生活を終えて今秋卒業を果たした。
 在日ブラジル人など外国人住民を見る日本政府の視点に、生活者としての理解は薄い。自立生活に必要な公的支援の大半は自治体に丸投げだ。財源不足の自治体も渡日者支援は限定的で、日本語学習などの支援の多くがボランティアに頼る。アンドレッサは渡日してきてすぐに公立学校に転入したが、週に一、二回、二時間程度の通訳者が付いただけで、それ以外はわからない日本語のなかに一人いた。通学は一生懸命に働く親のためだと思ったが、彼女には苦しみの日々だった。
 多くの南米出身の子どもたちが学業を途中放棄してしまう。外国籍者は義務教育の対象外だとする日本政府の立場から言えば、“それも仕方ない”となる。南米出身者だけでなく、日本に暮らす外国人の子どもの多くが同様の問題を抱え、ましてや高校や大学への進学となるとさらに難しい。
 アンドレッサと初めて会ったとき、大学卒業後の進路について「派遣に登録して工場で働く」と短く答えた。どうして? との聞き返しに、「日本語がわからなくてもできる。私の周りのブラジル人もみんな工場で働いているし」と語った。在日する南米出身者の八割以上が派遣などの非正規労働に従事する。日本の就業人口の約四割が非正規労働である点を考慮しても異常に高い。アンドレッサにとってみずからの将来を投影できるロールモデルが見当たらないのだ。彼女に「自分には派遣労働しかないなんて思わなくていい。君がやれること、になえることはきっとある」と私はなげかけてきた。
 社会人となったアンドレッサ。当面は派遣で工場労働を続けると話しつつ、派遣労働以外で自分にできる仕事を見つけたいと連絡があった。「今までずっと自分が恥ずかしくて、劣等感が強くて、自信がなくて、やる気もなかったです。でも、そんなのも克服していけると知って気分が楽になり、やる気が出てきました。就職にも少しずつ希望を持ち始めました」
 いっぱい傷ついてきたアンドレッサ、君にできる仕事、君が望む進路をいっしょに探そう。夢と希望を持って。

(キムクァンミン/(特活)コリアNGOセンター事務局長/教育コーディネーター)


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600