コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2015/5/22up)




◆ 何になりたかったのだろう ◆

〈『部落解放』2015年5月号掲載〉

岩瀬成子

 わたしはお話を書いたり小説を書いたりしているが、その主人公の大半は女の子である。自分が昔、女の子であったからということもあるが、子どもの頃に感じていた「自分は女の子というものであるらしい」ことへの違和感がずっともやもやと胸に残っていて、それでしつこく女の子を書いているような気もする。
 幼い頃、父からよく「おまえが男だったらなあ」と言われた。半分褒め言葉のようでありながら、自分はどうも残念な存在であるらしいと感じた。だからだと思うが、幼いわたしは「男には負けん」と思っていた。兄と一緒に凧揚げや独楽まわしをやり、兄の読む少年漫画を読んだ。兄が便所に行くのを怖がると、わたしはついて行ってやり、兄が小学校にバス通学する距離をわたしは歩いて幼稚園に通った。
 けれども少し大きくなると、目が大きくて髪がくるくるとカールした、ひらひらのドレスを着たお姫様の絵を描くようになり、お人形ごっこに熱中し、ままごとも日が暮れるまでやった。それから、いつのときか、そういうものからぱったり離反した。中原淳一の描くきれいな世界に近づきたかったのに、あ、わたしってぜんぜんこうじゃないし、こんなふうになれるわけないじゃん、と思ったのだ。
 わたしは女の子の遊びや少女趣味を捨てて、また少年漫画を読むようになり、男子と殴り合いの喧嘩をし、強くなりたいと思った。けれども中学生になると「体力では男に勝てん」事実に突き当たり、仕方なくさえない女子中学生になった。
 「女の子らしくしなさい」と母が言えば言い返し、「女のくせに」と兄が言おうものなら大喧嘩になった。わたしは何になりたかったのだろう、と思う。
 たぶん気づいていたのだ。この社会を動かしているのは男で、支配的なもの言いをするのも男で、威張るのも男で、女を手足のように使うのも男だと。
 それから、さえない女子高生となり、高校を卒業して就職すると、職場では「若い女の子」扱いされるようになった。その入れ物ほど居心地が悪かったものはない。ちやほやされているようで、今でいうセクハラまがいの言葉でからかわれ、カマトトぶって下品な冗談は理解できないような顔をしなければいけなかった。若い女だからという理由だけで、ただの飾りとして営業に連れていかれ、単純な仕事しかさせてもらえなかった。態度がでかいと男性社員に嫌われ、何かにつけ皮肉を言われた。給料は男よりも少なかった。あんたと同じ程度の能力はあるよ、と同僚の男に言いたかった。会社の中に蔓延している女を見くびる空気に、わたしはいつも腹を立てていた。普通にしていることのなんと困難なことよ、と思った。
 それが五十を過ぎたころからだんだん楽になってきた。「女らしさ」を較べられず、周囲からも求められなくなったからだ。女が楽になるには年を取るしかないのかと考えれば、なんとも面倒な世の中ではあるが、そうはいっても振り返ってみれば、わたしはその時その時で「若い女」のふりをしたり、「○○くんのお母さん」のふりをしたり、「○○さんの奥さん」のふりをして適当に周囲に合わせてきもした。そしてただの年取った女に辿りついただけのことである。これからは「老人」のふりをして生きていくのだと思う。

(いわせ じょうこ/作家)


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