コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2015/11/17up)




◆ 夜の子どもたち ◆

〈『部落解放』2015年11月号掲載〉

山下明生

 子どもの本を書き始めて、五十年になる。自分の中の子どもと、今を生きる子どもの両方を見据えながら書いてきたつもりだが、両者の隔たりがしだいに広がっていくようで、戸惑っているこのごろである。
 ふと気になって、電子辞書で調べてみた。「世間様」である。やはりなかった。「世間体」とか「世間知らず」はあるけれど、「世間様」はどの辞書にもない。瀬戸内海の島の漁業地区で育った子ども時代、わたしの周囲には、たしかに世間様がござらっしゃった。地域共同体の総意のようなものだったのかも知れない。わたしの母は、「世間様に迷惑をかけなければ、なにをしてもいい」とまでいっていた。
 島の世間様は、子どもにもけっこううるさかった。道で出会っても、「どこ行くん?」「なにしに行くん?」「だれと行くん?」などと、いちいち聞いてくる。遅くまで夜遊びをしていようものなら、「どこの子かいね?」「はよ帰りんさい」と注意する。地域の子はほとんど顔見知りだったから、自分ちの子どもと同じに接していたのだろう。そんな世間様にあまえて、子どもたちは夜の時間を存分に楽しんだものだった。影踏みや肝試しや夜釣りや夜間水泳。子どもだけの夜遊びのスリルが、冒険心や想像力を養ってくれた。そしてその体験が、私の創作の原点ともなっているように思う。
 洋の東西を問わず、夜を舞台にした子どもの本の傑作は枚挙にいとまがない。たとえば、『月夜のこどもたち』(ジャニス・アドレー文 モーリス・センダック絵 岸田衿子訳 講談社)の一部を抜粋すると。
 ――あたたかな よかぜが、みんなの かみのけを ゆらします。あとから あとから、さやさやと ふいて きます。それで わたしたちは、みんな はだしに なって おどります。くさの うえを どこまでも――
 鬼ごっこをしたり、木のぼりをしたり、でんぐりがえしをしたり。離れ小島で夜明かしをするみたいにキャンプをしたりの、なんとも楽しげな子どもたちの姿を、のびやかな絵がこれでもかというように、たっぷりと見せてくれている。
 こんな豊かな時間が、いつの間にか失われているのはなんともさみしい。今ではわたしの育った島でも車社会となり、道行きの挨拶もヘッドライトを照らしてすれちがうだけで、世間様の存在はすっかり薄れてしまった。この夏に起きた寝屋川市の中学一年生が犠牲になった事件にしても、もしも世間様の目があったならと、心が痛む。
 夜の街に出てくる子どもたちの数は、昔より多くなる傾向だが、けっして楽しそうには見えない。携帯電話があり、コンビニエンスストアがあり、補導警官があり、防犯ブザーがあっても、夜の子どもたちは頼りなく、かぎりなく危なっかしい。そこへつけ込む悪い大人がいては、メルヘンチックな夜の物語は望むべくもない。都会の深夜、人通りの絶えた商店街を行き来する子どもの、寒ざむとした光景が目に焼きつく。見守っているのは防犯カメラだが、防犯カメラは子どもに声をかけたりしない。幸せで安全な子どもたちの夜は、もう期待できないのだろうか。

(やました・はるお/児童文学者)


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