コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2016/2/17up)




◆ 独りの部屋から出発して ◆

〈『部落解放』2016年2月号掲載〉

石橋友美

 「紙芝居劇むすび」(以下、「むすび」)は、大阪は西成区に「あるあいりん地区」、または「釜ヶ崎」と呼ばれる地域で活動する男性たちの紙芝居劇団だ。メンバーの平均年齢は現在七〇歳ぐらい。二〇〇五年に立ち上がったので、二〇一五年でちょうど一〇周年を迎える。
 この地域は日雇い労働者の大きな拠点のひとつで、労働者たちはここから全国の現場に働きに出かける。「むすび」で紙芝居を演じるメンバーたちもかつては日雇い労働者として働いた人もいれば、それ以外に公務員、会社員、自営業などさまざまな経歴を持つ人も多くいる。ひとりでこの街に暮らしている理由は、家族との別離や病気、金銭問題などそれぞれだが、独り身で頼る家族もなく、高齢で仕事に就けなくなり所持金も尽きて流れ着いた、というあたりはだいたい共通する。そしてなんとか年金や生活保護を受給して一人暮らしをはじめる。
 彼らは野宿などを経て畳に上がったとき、安心感とともに孤独感に襲われたという。福祉の世話になっているという罪悪感にも苛まれた。そのまま部屋から出られず閉じこもる人もいた。ひょんなことから集まり結成された「むすび」では、お茶飲みからはじまり、ソフトボール、旅行、それから紙芝居で、地域の内外で人との縁を結ぶようになった。年齢や性別、地域を越え、時には国境を越え交流が新たな文化をつくっていく姿があり、ひとりぼっちの男性たちは家族のような人間関係を形成していった。
 ところが、紙芝居のようにここで「めでたし、めでたし」とはいえない。単身でこの地域に住む人の立場はとても脆弱だ。病院でも正当に扱われない場合もあるし、貧困ビジネスといわれる罠に囚われる場合もある。これまでの人間関係の経験から、他人や自分を信じられず、立ち去ってしまう人もいる。亡くなってからでさえ、一人前に扱われないことも多々ある。見送りたい仲間がいても、亡くなったメンバーの遺体が一カ月を過ぎても火葬もされず、親族の「身元確認」を待たなければいけないこともある。  そんな仲間の行く末を横目で見ながら、メンバーたちは紙芝居活動を続ける。ストーリーも絵も手作りの紙芝居は、台本を持ったメンバーたちが面をつけ、途中に歌が飛び出したりして劇のように演じられる。年間約三〇回の公演、最近では定期的に宮城県を訪れ、地元の緩和ケアクリニックの劇団と一緒に、福島の原発からの避難者の方々の前で合同劇も披露している。
 「むすび」の小さな事務所にはときどき各地からミカンや米、芋などが送られてくる。ケニアからお洒落なシャツが送られてきたこともある。ほどこしというよりは、親戚から送られてくるおすそ分けのような温かさがある。人生には事情がつきものである。非情な歯車に巻き込まれてどうにもならないこともある。誰にでも起こりうることだ。そこから立ち上がり、仲間とともに最後まで生命を輝かす「むすび」のメンバーたち。それに共感する人が多いことに慰められる。
 初期のメンバーたちはほとんど天に召されてしまったが、今では紙芝居を演じるのは「釜ヶ崎のおっちゃん」たちだけではない。ともに生きたいと願う人たちが思いを引き継いでいっている。時代の流れとともにまた新たな物語が始まったところだ。

(いしばし・ともみ/紙芝居劇むすびマネージャー)


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