コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2016/3/16up)




◆ 何を実現し、何をあきらめてきたのか ◆

〈『部落解放』2016年3月号掲載〉

手塚さや香

 まるで悪い夢のようなあの大津波から五年がたつ。東日本大震災によって多くの人に知られることとなった釜石市鵜住居地区も昨年から地面の高さを上げるためのかさ上げ工事が本格化し、年明けには、従前の道路は廃止、かさ上げした上の道路の使用が始まった。
 二〇一四年秋、一三年勤めた新聞社を辞め、釜石市の復興支援員組織「釜援隊」の一員になった。この組織を通じて、鵜住居地区にある「釜石地方森林組合」に派遣され、人材育成事業の事務局運営を担当している。毎日、鵜住居の工事を見ながらの通勤だ。
 釜石を含む岩手県沿岸地域との縁は二〇〇一年、新人記者として県都盛岡に赴任したころにさかのぼる。四年間の岩手での生活で、取材や旅行などで三陸沿岸にも足を運んだ。それから一〇年がたち、震災の一カ月半後に訪れた鵜住居は、壁に赤いスプレーで「○」「×」と描かれた廃墟のような建物が並んでいた。何度目かに足を運ぶころには建物が撤去され基礎だけが残る草むらになり、現在は重機やダンプが行きかう。「復興が遅れている」と報道され、実際に遅れている地域も少なくないが、そうは言いながらも、この地域の風景は日々、変化している、「復興」にむかって……。
 「復興」にむかって、と書いたが、目に見える形で街並みが変わるほどに、家を建てそこで暮らせる人が増えることの安堵とともに、「復興」とはいったい何なのだろうかという答えの出ない疑問も頭をよぎる。
 折にふれ思い出すのは、阪神大震災後で自身も被災した五百旗頭真・熊本県立大理事長の話だ。被災した神戸港は国から「復旧」のための予算しかつかず、規模拡大を図れずに国際競争力を失っていったという。
 阪神の教訓、その後の中越地震からの学びも踏まえて、東日本大震災の直後しきりに「創造的復興」が叫ばれた。そして「復興とは戻すにとどまらず新しいものを興すことだ」とも言われた。五年たった今、被災地域では、本来の意味での「復興」が行われているのか――。まだ復興のただなかではあるが、検証の必要性を感じている。
 ソフト面では、官民の連携や大手企業による産業支援、「釜援隊」を含め外部からの人材を柔軟に活用した支援など、これまでの復興現場ではあまり見られなかった新しい動きもある。一方で、福島第一原発事故によって注目を集めた再生可能エネルギーの導入や被災した店舗の再建といったハード面にかかわる人たちからは、「結局、新しいことをやろうとすると国からのカネ(復興交付金など)はつかない」といったため息が聞かれる。  震災の前から人口流出、少子高齢化が進む地域だが、流出に歯止めをかけ、UIターン者を呼び込もうと試行錯誤している。さらに一昨年からは「地方創生」の掛け声のもと、国からのプレッシャーもかかる。国が東京一極集中を是正しようと本当に考えるのであれば、被災地域からの挑戦をもっと強く後押ししてもいいのではないだろうか。
 この五年の間に、被災した地域は何を実現し、何をあきらめてきたのか、その要因は何だったのか。この地域で暮らしながら考え、記録していきたい。

(てづか・さやか/釜石リージョナルコーディネーター(釜援隊))


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