コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2016/9/16up)




◆ 傷ついたって認めること ◆

〈『部落解放』2016年9月号掲載〉

雨宮処凛

 この一〇年、貧困問題に取り組み、声を上げてきたことから、「強い人間」と思われることがままある。しかし、私自身は恐ろしいほどに小心者だ。
 コンビニでお釣りが明らかに少なくても言えないし、スーパーで「半額」となっていた肉なんかが半額になっていなくても当然何も言えない。
 小さな頃からそんな感じなので、小学生くらいからスクールカーストのかなり下位だった。友だちの輪には入れるけれど、気がつけばパシリになっている。集団の中でのライトな奴隷扱い。中学生になる頃には、どこに行っても「低い人間」扱いされるものだと思っていた。「差別」とは言えないような、だけど確固とした線引きが私の周りには常にあって、それを絶対に超えられない感覚。
 だから一生、日陰で生きていくのだと思っていた。自分のような人間が笑ってはいけないと思っていたし、楽しむことも禁じられていると思っていた。
 高校生になるとそんな状況にちょっと逆切れして、ヴィジュアル系バンドにハマり、家出して追っかけを繰り返した。当時、ヴィジュアル系はなんとなくバカにされていて、好きだというだけで冷笑された。だからこそ、私の居場所となった。
 二〇代になってからは生きづらさをこじらせすぎて、一時期右翼団体にも入った。団体には在日の人がいて、彼がいつも朝鮮半島について否定するのを聞くたびに、どう思えばいいのかわからなかった。ただ、彼はいろんなことに傷ついた果てにここに辿り着いたんだな、と思った。
 右翼団体を抜けてからは、メンヘル系と呼ばれる人たちと関わるようになった。精神的な病や生きづらさを抱える彼ら彼女らは、弱さを隠さなかった。傷ついたって言っていいんだ。そのことは、当時の私には衝撃だった。一〇代の頃から自殺未遂を繰り返していた私と、彼ら彼女らはよく似ていた。そして親しくなった何人もの人が自殺した。
 あれから、十数年が経った。その間にも、多くの友人知人が自ら命を絶った。そして私は表面的には強くなったように見えるけれど、声のデカい人間なんかに対峙すると、たちまちあの頃の「ライトな奴隷」のメンタリティに戻ってしまう。
 最近、そんな私の気持ちを代弁してくれるような詩に出会った。成宮アイコさんの「傷つかない人間なんていると思うなよ」だ。
 強迫神経症に悩まされ、不登校やリストカットを経験してきた彼女がその詩を朗読するのを聞いた時、涙が止まらなかった。
 「傷ついた自分が悪かったのかもしれないって思わなくていい。心が痛くなったのが間違いって思わなくていいよ」
 まずは、傷ついたって認めること。自分の痛みを低く見積もらないこと。
 自分の痛みをごまかすと、他者の痛みにも鈍感になる。ごまかさずに「痛い」という人間が甘えているように思えて憎くなる。そんな連鎖を、私は止めたい。

(あまみや・かりん/作家・活動家)


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600