コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2017/1/26up)




◆ 世界と手を組んで差別を食い止める ◆

〈『部落解放』2017年1月号掲載〉

香山リカ

 私は精神科医だ。仕事柄、自然に「精神障害者の人権」について取り組み、発言する機会があった。実はこの分野の問題については、人権の大切さに関する説明が比較的、簡単だ。それは、「あなたも明日にでも心の病の当事者になるかもしれない」という言い方ができるからだ。世の中でもちょうど、「うつ病は心のカゼ」などと言って誰もが精神の病気とは無縁ではない、という啓発キャンペーンがさかんなこともあり、「明日は我が身」というこの説明に耳を傾け、うなずいてくれる人も多かった。私は、心の中でひそかに「精神障害に対する偏見や差別は次第になくなっていくだろう。そして、そのほかの分野についてもそれが波及していくに違いない」などと思っていた。
 ところが、私の見通しは甘かった。いまだに精神障害者や家族への誤解、偏見、そして差別は根強く残っている。そしてそれ以外の属性の人びとに対する、信じられないような差別扇動発言、デモなどの行動が二〇〇〇年代になって爆発的に増えた。これはインターネットの普及により誰もが匿名で意見を発信したり、デマであっても簡単に拡散されるようになったりしたことと深く関係していると思われる。
 路上ではじめていわゆるヘイトスピーチデモを見たときは大きな衝撃を受けた。在日韓国人、朝鮮人をひとくくりにして「犯罪者」と決めつけ、「出て行け」「探し出せ」、あげくの果ては「死ね」などと叫んでいる人さえいる。私は精神科医として診察室で興奮する人、荒唐無稽な妄想を口走る人などを多く見てきたが、これまで目にしたどんな患者さんより深刻な病理がここにある、と思った。
 それからは、精神障害に限らず、とにかくその人が自分の意志では変えがたい何らかの属性に基づいて差別をする人に対して、ときには直接、ときにはネットを介して、抗議することもいとわなくなった。文章による啓発も重要だが、それでは到底、被害者は守られない。
 「差別はいけない」「人権を大切に」と主張するのは、人間、とくに近代以降の市民社会に生きる人間としては当然のことだと思うが、そうするとおびただしい数の批判、攻撃、嫌がらせが押し寄せることもわかった。残念ながら、いまの日本社会には「差別をする自由≠奪わないでくれ」と望む人たちも大勢いるのだ。これまで私たちが時間をかけ、手間をかけて培ってきた倫理や良識がまったく通じなくなってしまったともいえる。
 なぜ、そんな事態が訪れたのか。なぜ、彼らはそこまで差別や排除をしたがるのか。これをじっくり検討し有効な対策を考えるのは、精神科医としての責務だと考えている。ただ、繰り返すようだが、それと「直接抗議による被害の食い止め」をしなくては、大げさではなく、社会は崩壊してしまうと思う。
 折しもアメリカ大統領選挙が行われ、選挙期間中、移民への差別や女性蔑視を堂々と口にしてきたトランプ氏が当選した。しかし、アメリカにもきっとこういう状況だからこそ、「人権を守らなければならない」と気づく人たちが現れ、立ち上がることだろう。世界と手を組んで、人間社会を破滅に追い込む人権侵害、差別という害悪≠ニ闘っていきたい。

(かやま・りか/精神科医)


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