コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2017/3/30up)




◆ 世界の恥としての ◆

〈『部落解放』2017年3月号掲載〉

岡 真理

 ガザ……。地中海の眩い陽光が降り注ぐ遠浅の海岸線には何十キロも砂浜が続き、肥沃な大地は輝くようなオレンジや甘い大粒の苺をたわわに実らせる。神さまからの贈り物のようなその土地は、一九六七年、イスラエルに軍事占領された。今年で五〇年になる。ガザの人々は、同年、占領された東エルサレムやヨルダン川西岸地区の人々とともに、半世紀にわたり占領のもとで生きることを強いられている。
 占領とは何か。人間にとって占領のもとで、しかも五〇年という歳月を生きるとは、いかなることか。
 パレスチナの政治経済の研究者で、ナチスの絶滅収容所の生還者を両親にもつユダヤ系アメリカ人、サラ・ロイは、人を辱め、その人間性を否定するという点において、ナチスのドイツ兵もイスラエルのユダヤ人兵士も何ら選ぶところはないと断言し、占領について次のように語る。「占領とはひとつの民族が他の民族によって支配され、奪われるということです。財産が破壊され、魂が破壊されるということです。占領とは辱めであり、絶望です」。また、西岸出身のパレスチナ人の映画監督、ブサイナ・ホーリーも、「占領は私たちから刻一刻と尊厳を奪い、私たちの人間性を失わせます。一生涯、辱められながら生きるのです。それは人を破壊する苦しみです」と述べる。
 占領、それは辱め、絶望、人間性の否定、人間の尊厳の剥奪、そして、魂を破壊する暴力であるということ。ガザの、そして西岸のパレスチナ人は、この魂を破壊する暴力のもとに五〇年間、置かれているのだ。さらにガザでは、二〇〇七年に始まる完全封鎖が、今年で一一年目になる。現在、二〇〇万もの住民たちが、狭いガザに文字どおり監禁され、真綿で首を絞められるように、人間が人間らしく生きることを可能にする生の条件をことごとく破壊されながら、人為的に作られた貧困、飢餓、人道危機のなかで、かろうじてその生を繋いでいる。しかも、二、三年に一度、ガザに閉じ込められ、逃げ場のない彼らをイスラエルによる大規模な軍事攻撃が見舞い、そのたびに子どもたちを含め何千という者の命が奪われるのだ。
 イスラエル出身のユダヤ人の歴史家、イラン・パペは、一九四八年の民族浄化以来、パレスチナ人に対して振るわれ続けるイスラエルによるこの暴力を「漸進的ジェノサイド」と呼ぶ。パレスチナ人に対するジェノサイドは、七〇年という歳月をかけて進行しているのだ、凶暴性を加速させながら、私たちの無関心を共犯者としながら。
 アウシュヴィッツを生き延びたユダヤ系イタリア人の作家、プリモ・レーヴィは、終生、自身の強制収容所体験について語り続けたが、ある日、レーヴィの講演を聞いたドイツ人が彼のもとにやって来て、「私はドイツ人であることが恥ずかしい」と言ったとき、次のように答えた、「私は人間であることが恥ずかしい」。アウシュヴィッツが人間であることの恥なら、ガザ、そして五〇年継続する占領もまた、人間であることの恥であり、それを恥とすらしないこの世界の恥にほかならない。

(おか・まり/京都大学大学院教授)


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600