コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2017/8/10up)




◆ 子どもたちが眠るところ ◆

〈『部落解放』2017年8月号掲載〉

上間陽子

 冬に新しい調査を始めた。風俗業界で仕事をしている女性たちのことをまとめたあと、彼女たちの周辺にいた男性とも会わなくてはという気持ちになったからだ。
 自分の恋人に「援助交際」をさせて、そのお金で暮らしていた和樹には、冬の東京で会った。ホストクラブで働く和樹は、先々月は売上ナンバー3だったけど、今月はもっと上をねらっている、二千万貯めるまでは沖縄に帰らない、でも仕送りしているから帰るのはいつになるかなぁという話を私にした。「お金を送っているの?」と私が尋ねると、「お父さんが半身不随になってお母さんは自分の実家に帰ってしまって、弟がお父さんを看ているんで。殴られていたけど、僕はお父さんのほうが好きなんで」と和樹はいう。「殴る?」と聞くと、「殴る系だし投げる系でしたね。でも結構、僕は逃げましたよ。テーブルも全部ひっくり返すし、あるもの全部投げるんで!」と、何でもないことのように和樹は話す。
 店を出てから住んでいる場所の話をする。ホストクラブが用意した寮は、二人一組のワンルームだと和樹はいう。今夜はホテルをとっているという私に、「Aホテルに泊まればよかったのに!」と和樹はいう。「最高だよ! ひろいし、ベッドもいいし、大きなお風呂もあるんだよ!」と、一度泊ったホテルの解説を始める。ヘイトに加担するそのホテルに泊まることはないなぁと内心毒づきながら、私はその言葉を飲み込む。殴る父親から逃げていた子どものころの和樹は、どんな場所で眠っていたのだろう。
 冬が終わったころ、優歌と子どものハルと優歌の恋人の三人を、夜の空港まで送っていった。数日前から優歌と優歌の恋人は喧嘩をしていて、ふたりはひとことも言葉を交わさない。静まりかえる車内でハルは優歌に抱かれたまま眠ってしまい、高速を降りるころには小さな寝息が聞こえるようになっていた。
 到着した空港で、荷物を降ろす優歌から眠るハルを受け取って、カートを取りに行く恋人が遠のく姿を見届けてから、「子ども連れているから安全第一。何か起こりそうになったらすぐ帰っておいで」と優歌にいう。それが暴力の予兆を含めたことであることは、これまで何度も話してきた。だから優歌は私の顔をじっと見て、「わかった、すぐ連絡する」と眠るハルを私から受け取る。
 これから三時間近くのフライトで、工場のある街までたぶん一時間はかかるはずだ。今夜、優歌はハルを抱いて、ハルは優歌に抱かれて眠るのだろう。
 Where Children Sleep≠ヘ、世界中の子どもたちが眠る場所が収録された写真集だ。写真集には、ホームレスの子どもが眠る路上のソファや移民の子どもが眠る粗末な夜具の部屋が、日本の子どものおもちゃが並ぶマンションの部屋とは対比的な暮らしとして記録されている。
 でもその写真集は、日本のもうひとつの現実を撮り損ねていると私は思う。
 暴力から逃れて家の外で眠る子どもを、移動と移動を繰り返す母親に抱かれて眠る子どもを、その写真集は撮り損ねていると私は思う。

(うえま・ようこ/琉球大学 教育学研究科)


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