コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2017/9/19up)




◆ 沖縄を「捨て石」にする構造 ◆

〈『部落解放』2017年9月号掲載〉

目取真 俊

 六月一二日、元沖縄県知事で琉球大学名誉教授だった大田昌秀氏が亡くなった。八九歳の誕生日に家族が歌うハッピーバースデーの歌に送られて旅立ったという。
 私が琉球大学に入学したのは一九七九年だが、当時、大田氏は社会学科の教授として、琉大でも最も名の知られた人だった。あの頃の琉大には、大田氏のように一〇代で沖縄戦を体験し、米国に留学して教員となった人たちが数多くいて、沖縄の各研究分野や言論界をリードしていた。
 私自身は大田氏に教わることもなく、会う機会も数回しかなかった。ただ、そのたびに激励の言葉をかけてくれた。
 一度、ある放送局の取材で大田氏と対談したことがある。場所は辺野古のイタリアン・レストランだった。取材が終わって帰り際に大田氏が、自分の同級生の中には沖縄戦を生き延びたが、ずっと精神を病んだままの人がいる、と話した。戦争で人生を破壊された学友への思いが、痛みとともに伝わり、その言葉と表情が今も胸に残っている。
 沖縄戦の中でも激しい戦闘で知られるシュガーローフの攻防戦では、精神に異常をきたした米兵が続出したことが伝えられている。大人の正規兵でもそうだったのだ。一〇代の少年兵やもっと幼い子供たちが、沖縄戦のさなかでどれだけ心の傷を負ったか。終わることのない戦争に苦しみながら七二年を生きてきた人たちが、今もまだ沖縄に限らず全国にいる。
 六月二三日の沖縄戦慰霊の日も終わり、七月に入って沖縄は連日、猛暑が続いている。私は毎日のように辺野古に通い、カヌーに乗って海上で護岸工事に抗議したり、ゲート前の座り込み行動に参加している。海上では日差しを遮るものがない。沖縄の日差しの強さは強烈だが、それでもカヌーはまだ海水で体を冷やすことができる。
 ゲート前で座り込む人は日差しに加え、排気ガスとアスファルトの輻射熱で大変だ。ただでさえ厳しい条件なのに、沖縄県警・機動隊による強制排除が一日に三回は行われる。怪我と疲れが体と心を痛める。
 辺野古新基地建設に反対する抗議・阻止行動は四年目に入っている。海上基地建設の候補地として名護市辺野古が上がってからは二〇年になる。沖縄に基地を押しつけて平然としているヤマトゥチュー(日本人)の差別と無関心が、沖縄の苦しみの根源にある。日本全体の利益のためには沖縄を犠牲にしてかまわない。沖縄を「捨て石」にする構造は、沖縄戦のときも現在も変わっていない。
 そのことに怒り、告発し、克服しようと、学者として、政治家として努力を続けたのが大田氏であったろう。亡くなる直前まで大田氏は、辺野古の新基地建設について考えていたはずだ。冥福を祈り、辺野古新基地阻止に力を入れたい。

(めどるま・しゅん/作家)


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