コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2017/11/24up)




◆ 解消法の行方と地域社会 ◆

〈『部落解放』2017年11月号掲載〉

山本崇記

 二〇一六年は差別や人権に取り組む人びとにとって画期的な年になったと言える。障害者差別解消法、ヘイトスピーチ解消法、そして、部落差別解消推進法が立て続けに成立・施行したからである。しかし、「障害者施設殺傷事件」(二〇一六・七)に見られるように、凄惨な事件も起こった。私の住む静岡でもヘイトスピーチが行われ、朝鮮学校への街宣が予告されるなど、こちらも法が万能でないことを示した。このように、差別を規制する法制度の整備と激烈な差別・暴力が二重構造のように両立してしまう奇妙な、言いかたを変えれば、非常に「現実的」な状況が生じているのが私たちの世界と言える。
 ヘイトスピーチ解消法が成立し、すでに一年以上が経つわけだが、大阪市のヘイトスピーチ規制条例をはじめ、川崎市や京都府における公共施設の貸出制限のガイドライン作り、神戸市や名古屋市などでの地方政治の場での条例作りに向けた動きなど、法を具体化しようとする動きがあり歓迎すべきところだろう。一方で、これらの法規制の起点とも言える京都朝鮮学校襲撃事件の「その後」に対するフォローはなされないままである。現在、私は京都府人権教育施策推進懇話会専門委員会(二〇一六年一〇月設置)に出席しているが、このヘイトスピーチ解消法を地域で具現化するために設けられた場であっても、「その後」に対して十分に注意が向けられていないことを痛感している。
 NHKのかんさい熱視線「傷つけられた子どもたちは今〜ヘイトスピーチから六年」(二〇一五・一〇)が報じたように、二〇〇九年一二月、二〇一〇年一月・三月と、ヘイト街宣を浴びせられた子どもたちは、初級部を卒業し、中高級へ、さらに大学へと進学している。その間、彼/彼女らの心の傷は癒されることなく放置されている。そして、襲撃のあった学校そのものは、すでに移転し、在日朝鮮人集住地域における記憶からも忘却されようとしている。これは、地域に残された傷跡をも忘却するものだと言える(ヘイトスピーチ解消法前文「当該地域社会に深刻な亀裂を生じさせている」に該当する)。
 二〇一七年に入り、事件に遭った子どもたちが通う京都朝鮮中高級学校では、オモニ会が主体となり、保健室をオープンさせた。この取り組みは、最高裁判決が下りる前から、主に、京都朝鮮初級学校(旧京都朝鮮第一初級学校)で進められてきた取り組みをベースにしている。当初は、子どもたちの傷跡に対するフォローをその直接的な目的としていたが、現在では、人的・財政的に稼働が困難であった保健室を子どもたちの心身の困りごとに対応する事業として位置付け直し、保健授業の実施、臨床心理士によるカウンセリング、障害児童へのサポートなど、多岐にわたる機能を持たせた事業へと発展している。まさに、自前で、ヘイトスピーチの害悪を乗り越えようとする営みと言える。そのことに解消法は直接的な効果をもたらしたわけでもないし、現在、各地域での法の具体化のなかで踏まえられている訳でもない。だからこそ、強調しておきたい。「解消三法」とも言われる三つの差別解消法は、それらを生かす自主的な取り組みがなければ、何ら意味を持たないままであるだろう。そして、取り組みの経験は、それぞれの法律を射程に置いている当事者運動や支援者のなかで、ぜひとも効果的な共有化が図られるべきである。

(まもと・たかのり/静岡大学准教授)


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600