コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2018/1/18up)




◆ 義務教育は権利である ◆

〈『部落解放』2018年1月号掲載〉

前川喜平

 二〇一五年度の小・中学校の不登校児童生徒の数は一三万四三九八人で、児童生徒数全体に占める割合は、過去最高の一・三五%だった。中学校だけで見ると、不登校生徒の割合は三・〇一%となっていて、初めて三%を超えた。
 不登校の子どもの割合が増えたことを、ことさらに問題視するべきではない。いまだに、学校へ行かないことについて、無用な罪悪感や劣等感を抱く子どもや保護者は多いが、それは、「学校は毎日通うことが当たり前」という固定観念が、我々の社会の中にしぶとく根を張っているためだ。そういう固定観念から解放されなければならない。
 憲法二六条二項は「すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする」と規定している。義務教育の「義務」は保護者の義務だが、それは「学校へ行くことを強制する」義務ではなく、「学校へ行くことを妨げない」義務である。子どもには、学校へ行く義務はない。学校へ行く権利があるだけだ。学校へ行かないことに、なんら後ろめたいことはない。
 学校になじめない、学校は嫌だという子どもがいることは、何の不思議もないし、そういう子どもたちに問題があるわけではない。もし、耐えがたいいじめや教師の暴力・暴言、過度に厳しい指導などのために、死にたくなるような思いを抱いているのなら、むしろ絶対に学校へ行ってはいけない。
 二〇一六年一二月に制定された「教育機会確保法」は、「個々の不登校児童生徒の休養の必要性」を認めた。こういう言葉が法律に書かれたことの意味は大きい。学校を休むこと、つまり不登校に法律の根拠ができたのだ。  学校を休むことの必要性が認められたのはいいが、では、不登校の子どもたちの「義務教育を受ける権利」はどうやって実現させたらいいのだろう。憲法二六条二項によれば、義務教育は「普通教育」であって「学校教育」には限られない。つまり、憲法上は「学校外の義務教育」というものが認められてもおかしくはないのだ。しかし、法律はそうなっていない。義務教育は学校が独占している。
 教育機会確保法は、学校が義務教育を独占する体制を崩す方向に一歩踏み出した。「不登校児童生徒が学校以外の場において行う多様で適切な学習活動の重要性」を認めたのだ。これは、フリースクールに法律の根拠ができたことを意味する。しかし、まだ学校と同等の義務教育としては認められていないし、無償を保障されているわけでもない。一定のお金を払える人でなければフリースクールも利用できない。
 「教育機会確保法」はまた、夜間中学など義務教育未修了者のための教育の機会をつくるよう自治体に求めている。文科省は、不登校のまま中学校を卒業した「形式卒業者」の夜間中学への再入学や、学齢期の不登校生徒の夜間中学への転校も可能とした。
 教育機会確保法は画期的だが未完成な法律だ。まずはこの法律を最大限に活かしつつ、義務教育を受ける権利の拡大を図り、その上で次なる立法を考えていくのだろう。

(まえかわ・きへい/前文部科学事務次官)


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