コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2018/12/18up)




◆ かけがえのない二歩目――津久井やまゆり園の事件によせて ◆

『部落解放』2018年9月号掲載

渡邉 琢

 今年の七月七日、七夕の日、世間に騒がれることなくひっそりと、ある三〇代の障害のある女性が横浜市内のグループホームに入居した。
 二年前に一九名もの障害者が殺害された事件のあった津久井やまゆり園(相模原市)に入所していた女性だ。事件のときは、彼女は目立ちにくい個室で眠っていたそうで、犯人はたまたまその部屋の前を通過したため、難を逃れたらしい。
 彼女はここ数年、ほとんど言葉を失っていたらしい。ごく少数の職員や知人の名前をときどき発する以外、ほとんど言葉を話すことはなかったそうだ。
 数カ月前、津久井やまゆり園芹が谷園舎というところで、彼女に会う機会があった。そのときも、心ここにあらずという感じで、こちらからの語りかけにかすかに反応する以外は、特に言葉や身振りでの返事は返ってこなかった。
 津久井やまゆり園の事件で、犯人は「話せない人」「意思疎通のとれない人」を狙って殺害したと言われているから、もしかしたらこの目の前の女性が狙われていたのかもしれないと思うと、ぞっとした。
 ご家族の話によると、彼女は小さいころからほとんど話すことがなかったけれども、小学校の三、四年のころから、「これなあに」などの言葉を少し話しはじめたそうだ。英語で、「What's your name?」と問われ、「My name is 〇〇」と答えたこともあったそうだ。十代の途中で施設に入らざるをえない状況になったそうだが、成人式の際は、家族や施設職員の前で「明日も大事にしてください」と述べたらしい。それがピークで、その後だんだん言葉がしぼんでいったようだ。
 その彼女が、事件からまもなく二年経つ七月に入り、横浜市内の社会福祉法人の支援を受けて、施設を出て地域での暮らしを開始することになった。
 津久井やまゆり園から地域生活へと移行した人は、これで二人目だという。一人目はその一カ月ほど前の五月終わりに、グループホームでの暮らしを開始した。
 今、ようやく二人目の地域移行である。津久井やまゆり園には入所者が百名以上いるが、二年たってようやく二人目。かけがえのない一歩目、二歩目の背後に、歩み出すことのない多くの人たちの影がある。
 世間の人は今、津久井やまゆり園の入所者たちについて何を思っているだろう。やまゆり園だけでなく、多くの障害者入所施設や精神病院の閉鎖病棟で、話し相手もおらず世間から忘れられ沈黙に沈んでいる人たちについて何を思っているだろう。
 七月にグループホームに移った彼女は、「お母さん、大好き」などの二語文を話しはじめているらしい。支援している社会福祉法人の方によれば、「施設にいた当時の激しいチックに歪んだ表情からは想像できない穏やかな素顔を取り戻しました。言葉と一緒に。しかも言葉は日々増えているようです」とのことだ。
 人知れず沈黙に沈んでいる人たちに思いをはせ、語りかけるよう努めてほしい。失われた言葉や表情はそのようにしてはじめて取り戻されていくのではなかろうか。

(わたなべ・たく/日本自立生活センター・ピープルファースト京都支援者)


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