コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2018/12/18up)




◆ タイムカプセルとしての小説 ◆

『部落解放』2018年10月号掲載

星野智幸

 長いこと、ディストピア小説を書いてきた。世の中の負の側面を極端に誇張して描くことで、その負の側面をグロテスクな悪夢として読者に感じてもらうのである。最悪を避けるためには、最悪の正体を正確に知る必要があるからだ。
 けれど、震災後の翌年あたりから、その書き方が機能していないように感じ始めた。どうやら、悪夢はもう現実になりつつあったのだ。台風の進路予測をし、直撃に備えてシミュレーションしている最中に、すでに台風は上陸して最悪のダメージをもたらしているとなると、まだシミュレーションを続けるのは間抜けだ。
 悪夢は前世紀末から何年もかけて用意されてきたが、それを実現させた直接の要因は、安倍政権の姿勢にあると思う。私の考える安倍政権の最大の罪は、その政策以上に、禁断の統治方法を始めたことである。すなわち、分断統治と強権主義だ。
 ヘイトスピーチ、差別デモの野放しを始め、さまざまな社会的弱者への言葉による暴力を、政権が事実上黙認したことが、人間に序列をつけることを公認する結果となった。差別が起こったときにすぐ為政者が批判すれば、その芽は摘まれただろう。けれど、民同士を争わせることで自分たち権限を持つ者への批判をそらす、という分断統治のために、安倍政権は差別やヘイトを積極的に利用した。野放しにして、もはや芽は摘めないぐらいまで定着したところで、形だけの批判をするのである。暴力を振るっている者たちには、そのまま他人の心を破壊し続けてよいのだ、という暗黙のゴーサインとしか映らないだろう。
 そうやって分断して、人々の間に憎悪と不信をまき散らしておいて、一方で強権主義を押し通す。皆の意見を聞かずに独断で決められる人こそ、決断力と行動力のあるリーダー、というイメージを、社会の隅々にまで普及させるのだ。
 この二つの力学が、人間に階層を作り、平等な人権の感覚を壊してよいのだ、という空気を作り出した。これが悪夢でありディストピアでなくて、何であろうか。
 以降、私はどのように小説を書けばよいのか、途方に暮れつつ、ディストピアという現実の中で小説を書くことの意味を考え続けている。そして今のところの結論としては、破壊されつつある平等と人権の感覚を小説というタイムカプセルに埋め込んで、未来に手渡したいと思っている。
 現状のままでは何年かのちには、世の常識は信じがたいほど退化しているだろう。その傾向に、日々を生きる個人としては抗いつつも、小説では、長い時間をかけて人間が作ってきた共存の知恵を、宝物を埋蔵するつもりで収めておく。具体的には、人権の概念がすでに十全に実現している社会を描き、その中で起こる未来の問題を考えるのだ。共存の知恵は有効であることを証明するのだ。とても難しい課題なのでなかなか実現できずにいるが、いつかこのディストピアが終焉を迎えるときに、土台となる価値を残しておきたい。

(ほしの・ともゆき/小説家)


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