コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2019/3/20up)




◆ 「在日コリアン」が激減する町で思うこと ◆

『部落解放』2019年3月号掲載

朴君愛

 大阪府八尾市に引っ越してきた三〇年前、戦前から残っていたと思われる長屋に、多くの在日コリアンが住んでいた。老朽化した建物が少しずつ壊され町の風景が変わり、中国語やベトナム語と思われる言葉を話す住民にも時々出会う。
 八尾市の二〇一七年一月現在の外国人市民の数は6895人。府内でも四番目に外国人が多く住む自治体だ。その内「韓国・朝鮮」が3155人で一番多く、私もその一人である。次に「中国」1852人、「ベトナム」1239人……とつづく。一九九〇年の外国人市民は七七一二人であったが、その内「韓国・朝鮮」は実に九割以上を占め、7052人であった。この三〇年で外国人市民は多様化する一方、「韓国・朝鮮」の人たちは半数以下に激減した。八尾市だけの現象ではない。全国各地で特別永住資格(旧植民地出身者とその子孫が対象)をもつ「韓国・朝鮮」の人口は減りつづけている。
 みんなどこに行ったのか? 多くは日本国籍へシフトしたのだろう。かくいう在日四世になる私の子どもも父親は日本人なので、出生と同時に日本国籍を取得した。私の妹もいとこたちの大半も、すでに「帰化」して日本国籍である。コリアンルーツの人のなかでは、「韓国・朝鮮」籍よりも日本国籍の方が多数派になっているのだろう。
 しかし、あまりにもコリアンルーツの日本国籍の人たちの存在が見えない。同時に外国籍に「残った」人たちの存在も見えなくなっているように感じる。それは私たちに対する差別が問題にならないほど小さくなり、在日コリアンのほとんどが躊躇なく「もう私らは日本人や」と言うようになったからだ、というとそうではないだろう。周囲の在日コリアンを思い浮かべると、自分自身に肯定感を持てず、「バレない」ように生きてきた人が多すぎる。そして民族差別の壁にぶつかり、あるいは差別を恐れ、追い込まれるように「帰化」した人たちも見てきた。見た目で日本人との違いがわからず、みんなは日本人だとしか思わないが、そのなかには、民族差別に悩み、コリアンルーツであることに葛藤した過去を持つ人がいるのだ。
 外国人労働者の受け入れの問題がクローズアップされ、外国人の人権が語られることが多くなったが、ここでも在日コリアンの存在は見えにくい。政府の政策は人権の観点から見て大きな課題を抱えていることは違いない。しかしそれを批判して「外国人との共生」を訴える記事を読んでも、私たちの歴史や現状がカヤの外になっているものがある。こういうとき在日コリアンは数としてしかとらえられないが、旧植民地出身者という固有の背景があり、戦後長きにわたり在日外国人の圧倒的多数をしめてきたのだ。
 どの国籍をもち、どんなアイデンティティをもって、どんな生き方をするのかという個人の自由は、人権が守られる環境があってこそ可能になる。「多文化共生」「在日コリアン」を語る時は、日本国籍のコリアンルーツの人たちに思いをはせてほしい。日本国籍の金さん、李さん、朴さんたちに会うことがあったらエールを送ってほしい。そこに私の子どももいる。

(ぱく・くね/一般財団法人アジア・太平洋人権情報センター(ヒューライツ大阪))


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