コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2019/7/17up)




◆ 「共生」という発想が抜け落ちた新たな移民施策 ◆

『部落解放』2019年5月号掲載

下地ローレンス吉孝

 二〇一八年、安倍首相の指示のもと、新たな移民受け入れ制度の検討が開始された。新たな改正入管法が年末の臨時国会でスピード可決し、二〇一九年四月一日から施行された。
 この法律は、「出入国管理及び難民認定法」と「法務省設置法」という既存の法改正を主な目的としている。前者は、深刻な労働力不足に対処するため「特定技能」という在留資格を施行すること。後者は、これまでの「入国管理局」を「出入国在留管理庁」に格上げするものだ。日々の報道では特に「特定技能」が注目を集めがちだが、実は後者の改正も重い意味を持つ。この新法により、法務省の任務は「出入国及び外国人の在留の公正な管理を図ること」と改正された。そこには、「ひとを管理する」という発想があからさまに記されている。ここには、二〇〇六年ごろから政府(総務省や内閣府など)が掲げてきた「多文化共生」や「共に生きる生活者」として「外国人」をとらえる発想が完全に抜け落ちている。
 日本の移民施策は約三〇年を経たが、これまでの社会統合へ向けた施策の蓄積をまったく無視し大きく後退してしまった。数十年にわたって地方自治体・支援団体・そして政府自らが「共生」という言葉を掲げながら積み重ねてきた「土台の上」に移民の統合施策を打ち出せなければ、経済的に考えてみても大きな損失であり、非効率的でさえある。
 また、本法律をめぐる議論のなかで政府側と批判する側の双方に共通して現れてくるのが、「外国人」と「日本人」とを明確に区分しようとする二分法だ。日本社会には歴史的に、アイヌや沖縄といった多様性や、「在日コリアン」と呼ばれる人々、戦後の「混血児」のような海外ルーツをもつ人々が長年暮らしてきた。そして八〇年代から急速に増えつづけている移民によってさらに多様化が進んできた。仮に国籍という軸に沿って二分化してみた場合にも、「外国籍者」と「日本国籍者」の構成員はそもそも実に多様かつ複雑であり単純に分化されないこともある。外国籍者の日系人がいる一方で、外国で生まれ育ったが帰化により日本国籍となった者もいるのが現実だ。
 「外国人」/「日本人」の二分法を前提としたまま受け入れの議論を進めてしまえば、社会統合に向けた課題解決の対象も「外国人(=外国籍者)」のみに限定されてしまう。その枠にはまらない多くの問題が取りこぼされ残されてしまうのだ。たとえば、外見にまつわる差別や日本語の習得問題と、「外国籍であるかどうか」という状態は直接の因果関係にはない。問題の焦点を国籍に絞ってしまうのではなく、実際に社会に現れている種々の課題、すなわち「教育問題」「医療・福祉問題」「人種差別」「民族差別」「国籍の問題」「子育てをめぐる問題」「労働問題」など、問題そのものを対象に据えていくことこそが、社会統合へ向けたより現実的な方向性なのではないだろうか。
 昨今の議論では「外国人」ばかりに注目がいく傾向が強いが、本質的に問われているのは受け入れる側の「わたしたち」の現実の姿である。すでに受け入れる側の「日本人」自体が現実として同質的ではなく、多様で複雑であるという現実を前提として話を進めていく段階にきている。いつまでも社会的課題を放置しつづけることはできない。

(しもじ・ろーれんす・よしたか/上智大学非常勤講師)


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