コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2019/7/17up)




◆ だれも子どもの生存権を奪えない ◆

『部落解放』2019年7月号掲載

寺脇 研

 文部科学省にいたころは、「いつでも、どこでも、だれでも学べる」生涯学習社会を目指すなかで、さまざまな立場にある人の学びを保障することに努めてきたつもりだ。ことに福岡県、広島県に出向勤務した際には、部落差別の実態に触れるなかで同和教育の重要性を心底思い知った。学ぼうとする人すべてに学ぶ機会を用意する「生涯学習原理主義者」として仕事をする決意の原点と言っていい。そのために「ゆとり教育」のレッテルを貼られ、役所を追い出される結果となったがまったく悔いはない。
 いわゆる「天下り」を断り、京都造形芸術大学で映画学科やマンガ学科の学生たちと過ごす新しい生活に入ったのは二〇〇七年だった。以来、高校時代から熱中した映画、幼少期から愛読してきたマンガ、そして演劇、落語と、大好きな文化分野に親しんでいる。人権意識などカケラもないような政治家たちと付き合わざるを得なかった役人生活に比べると、精神衛生に良いこと、この上ない。
 自分だけがこんなに楽しんでは申し訳ないと思い、映画をプロデュースして社会のさまざまな問題を描こうと考えた。第一作『戦争と一人の女』(二〇一三年)では日中戦争の残虐性と東京空襲の悲惨を、次の『バット・オンリー・ラヴ』(二〇一六年)では癌で声を失った初老男の懊悩を提示したつもりである。
 で、いずれも経費は完全な持ち出しにもかかわらず、性懲りもなく三本目の映画を製作している最中だ。『子どもたちをよろしく』と題して、自分のライフワークである教育問題を扱っている。子どもの貧困、扶養放棄、いじめ、家庭内暴力、性的虐待といった深刻な状況を、多くの大人たちに知ってもらいたいとの願いを込めた。教育行政にたずさわっていたときに得た生々しい情報も、エピソードとして随所に使っている。特に、男子中学生がナイフを携行する心理については、栃木県の女性教師刺殺事件など、一九九〇年代終わりのいわゆる「バタフライナイフ案件」を担当した経験から考察してみた。
 実はアメリカで作られた一九八三年のドキュメンタリー映画に同じ題名の作品がある。八六年に日本でも公開された。そちらは、家出するなどして街頭で暮らし犯罪や売春に手を染める十代の衝撃的現実を報告する内容だ。対してわたしの作品は劇映画で、親と一緒に暮らしているのに、他ならぬその親のせいで苦境に追い込まれる中学生たちの姿を描く。子どもの問題は、親や周囲の大人たちにも原因があるわけで、われわれ大人全員が目をそらさずに直視する必要があると訴えたいのである。
 撮影に入る直前には、千葉県で小学四年生の女の子が実の父親からの虐待で命を失う事件が起きてしまった。生存権は、人権のなかで唯一無二の絶対的権利だ。生きていて初めて、他の権利を行使できるのだから。それを大人が侵害するなんて、絶対に許されるものではない。わたしの作る映画は、そのことをこそ強く主張する。
 後輩である元文部科学事務次官の前川喜平さんも賛同・協力してくれている。公開は来年初頭の予定だ。皆様、ぜひご覧ください。

(てらわき・けん/映画評論家・プロデューサー・元文部科学省大臣官房審議官)


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