コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2020/6/20up)




◆ 「レス」なのは「ホーム」? ◆

〈『部落解放』2020年1月号掲載〉

井上理津子

 この原稿を書いている二〇一九年一一月二四日現在、「台風 台東区 ホームレス」とグーグル検索すると、二〇万件余りがヒットする。一例を挙げよう。
 〈東京都台東区が台風19号で自主避難所を訪れたホームレスの男性の受け入れを断った問題で、同区の服部征夫区長は15日、「対応が不十分であり、避難ができなかった方がおられたことにつきましては、大変申し訳ありませんでした」とのコメントを出した。(後略)〉(一〇月一五日、朝日新聞デジタル)
 ああ、ホームレスを受け入れ拒否した、あの問題ね。と、お思いの方が多いのではないだろうか。無論、台風時の台東区の対応は、言語道断である。だが、ここで話題にしたいのは、こういったときにごく普通に使われている「ホームレス」という言葉のことだ。
 私は、ここ数年、山谷を取材している。山谷で出会う人たちの中には、「ホームレス」という言葉に引っかかる人がいると気づきだしたのは、去年だ。やっと距離が近づき、機嫌よく語ってくれていた人が、その言葉を出した途端にプイとどこかに行ってしまうことが、何度かあった。やがて、不快感を口にしてくれる人たちに出会えた。
 「ヤなんだよ、そのホームレスって言いかた」
 そう言ったのは、公園のテントハウスに暮らしていた人だ。
 「なんかさあ、『お前らバカ』と指さされるほうがマシな感じ」
 これは、一〇年ほど前におよそ二年間河川敷に暮らし、今は生活保護を受給してアパート住まいの人。両者とも六〇代後半の男性だ。
 ふと思い起こすのは、いつの頃からか「ガイジン」がNGになり、「外国人」と言われるようになったこと。「ガイジンは、特別視され、まるでモンキーと言われているよう」との理由からだったと記憶する。では、「ホームレス」用語に当事者らが不快なのも同様なのだろうか。くっきりした理由が聞けないから、そう憶測していたのだが、この夏、山谷で支援活動をする看護師の方からこう聞いた。
 「ホームとハウスは微妙に違うでしょう? 建物としての形——ハウスがない人に、他者が勝手に『あなたたちにはホームがない』とみなすのは失礼千万です」
 「ホーム」は自分が住む場所全般や、ふるさと、心の拠り所のようなものを指す。たとえ家族がいなくとも、例えば仲間も「ホーム」のはず。だから、自分たちは「路上の人」「路上生活者」と呼ぶべきですと。
 私はいたく納得した。路上の人たちは、そのニュアンスを感じ取っていたかもしれない。用語づかいを変えていかなければならない。

(いのうえ・りつこ/ノンフィクションライター)


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