コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2020/6/20up)




◆ 沈黙のツケ ◆

〈『部落解放』2020年2月号掲載〉

坂上 香

 国内の刑務所を舞台にしたドキュメンタリー映画「プリズン・サークル」を一〇年かけて完成させた。端的に言うなら、今まで沈黙を強要していた刑務所で、語りを通して更生を促すプログラムが始まったことを知らせたかったのと、語り合いの場は社会(シャバ)にこそ必要なのではないかと問いかけたかったからである。
 刑務所についてというより、むしろ刑務所から今の日本社会を逆照射したかった。
 だからこそ、編集過程で二○回を超える途中試写をおこなった。さまざまな分野の専門家や当事者らとディスカッションを重ね、彼らの視点を映画に反映させていこうとした。その過程で、子どもを持つ女性が興奮したように言った。
 「黙って食事をしたり、黙って作業したりする場面、学校と全く同じですね! ちょうど数日前に娘とその話をしていたんです」
 公立の小中校では、黙って給食を食べること(黙食)、黙って掃除すること(無言清掃)、音も立てない清掃(無音清掃)など、沈黙を強いる傾向が強まっているという。
 それを聞いて、一〇年程前、学童保育で目にした異様な光景を思い出した。用事があって息子を早めに迎えに行った時のことである。玄関に入っても物音一つせず、シーンとしている。奥の部屋に、厳しい表情で仁王立ちする指導員が見えた。彼女の前には背筋をぴんと伸ばし、手をひざの上に置き、前を見て、口を一文字に結んだ子どもたちの姿。机の上にはおやつと飲み物が置かれている。
 指導員が厳しい声で言う。
 「全員がちゃんとするまで、おやつはおあずけ! ほら、そこ!」
 背筋が凍った。連帯責任というやつである。低学年の小さな子どもたちにとって楽しいはずのおやつの時間に、こんな厳しい環境に置かれているのかと、いたたまれない気持ちに陥った。私を見つけた時の息子のホッと緩んだ顔は忘れられない。
 後日、指導員に意見しようと思うと息子に言うと「それだけはやめてくれ」と怯えたように懇願した。親のクレームでさらにひどい目にあうと思っていたのだ。
 しばらくしてこの学童員は異動した。おやつの時間が軍隊調ではなくなったと聞き、胸をホッと撫でおろしたが、異動先の子どもたちを思うと罪悪感を感じた。
 こうした状況が今や学校現場のデフォルトだとすると、恐ろしいことだと思う。黙することについて、学校側は色々な効能をたれるだろう。しかし、つまるところ大人にとって扱いやすい状況や従順な子どもを作っているにすぎないのでは?
 「プリズン・サークル」に登場する受刑者も、幼少期から沈黙を強いられてきた。彼らが受けた虐待、いじめ、差別、社会的排除について語る場はなく、よって問題は隠されてきた。彼らは、感情を抑圧することでなんとか生き延びたものの、同時にそれが原因で、自他共に傷つけてきてもいた。犯罪はその症状の一つにすぎない。
 ブラック校則やブラック部活もしかり。沈黙や恐怖で子どもを縛って効果があるのはその時点だけだ。未来に大きなツケがまわってくることを忘れてはならない。

(さかがみ・かおり/ドキュメンタリー作家)


コラム・水平線INDEXに戻る



HOME

JINKEN BOOKは、(株)解放出版社が提供しています。 無断転載を禁じます 。
Copyright (C)Buraku Liberation Publishing House Co.,ltd 2001, All Rights Reserved


E-mail

(株)解放出版社
Phone:06-6581-8542(代表) Fax:06-6581-8552
東京営業所: Phone:03-5213-4771(営業) FAX:03-3230-1600