コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2020/6/20up)




◆ メディアを正しく読み解く? ◆

〈『部落解放』2020年3月号掲載〉

田島知之

 メディアに批判的、創造的にかかわる力「メディア・リテラシー」を大学で教えるようになって、一五年ほどになる。テレビやインターネットの内容をグループで分析したり、それをもとに自分たちで映像制作をしたりする。
 初回の授業で、「メディア・リテラシーって言葉を聞いたことがある人は?」と聞くと、最近では半分くらいの学生が手を挙げる。周りを気にして手を挙げない人もいるから、実際はもっと多くの学生がこの言葉を知っていると思われる。
 一方で、言葉は知られるようになっていても、必ずしも内容の理解が進んでいるとは言えない面もある。必ず出てくるのが、「メディアを正しく読み解くってことですよね?」というコメントだ。気持ちはわかる。ぼくだって、みんなに向かって「メディアを正しく読み解くべし!」と言ってみたい。かっこよさそうだし、何より楽だ。
 だが、この正しくという言葉はとても大きな問題をはらんでいることが多い。授業で考えてほしいのは、その「正しさ」とはいったい誰にとっての正しさなのか、ということなのだ。
 インターネットで時折目にする、「◯◯についての偏向報道」「マスコミの印象操作」といった言葉がある。そうした言葉のあとにはよく、「メディア・リテラシーが必要だ!」と書かれる。そこでは、自分にとって望ましい、ただひとつの正解が想定されている。自分の見方が正解であるはずなのに……という前提があり、それにそぐわない異質な意見、ものの見方は排除されることになる。自分と同じ単一の見方を皆に要求するのは、民主社会のために多様な意見を共有し、学び合うという理念をもつメディア・リテラシーとは対極にあるといっていい。
 気に入らない報道をフェイクだと言い張るトランプ大統領が社会の分断をあおっている、という話はよく聞かれる。だがそれはアメリカに限った話だろうか。
 インターネットはかつて、異なる意見・立場の人々が自由に議論を交わすことができる空間になるのではないかと期待されていた。今でもその大きな期待がなくなったわけではないと個人的には思っている。しかしどうもかつてのイメージとは違った方向にも進んでいるようだ。
 「あなたにおすすめ」された情報に囲まれて、自分の見たいもの、心地よい情報しか見えなくなってしまう、「フィルターバブル」が懸念されるようになってしばらくたつ。お互いに「いいね」「いいね」と言い合う空間の内側では、メディアを「正しく」読み解くことは簡単だ。しかし、メディア・リテラシーの観点からは、自らがなぜそれを「正しい」と思うのかを省みること、そしてその空間の外部とのコミュニケーションの回路をつくりだすことが大事なのだと考えている。
 授業の最後に「グループ活動で自分と違う意見に出会えたのが新鮮だった」などと書いてくれる学生はけっこう多くいる。ささやかではあるが、このような取り組みをつづけていきたいと考えている。

(たじま・ともゆき/NPO法人FCTメディア・リテラシー研究所理事)


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