コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2020/6/20up)




◆ 「表現の不自由展・その後」を振りかえる ◆

〈『部落解放』2020年4月号掲載〉

岡本有佳

 日本最大の国際芸術展・あいちトリエンナーレ2019(以下、あいトリ)に出品された〈表現の不自由展・その後〉(以下、不自由展)は、八月一日の開幕から三日で作家や不自由展実行委員会との合意もなく中止された。主催者の大村秀章愛知県知事(あいトリ実行委員会会長)、津田大介芸術監督は、中止理由として匿名の攻撃・妨害による「安全性の確保」をあげたが、攻撃の内容分析や、私たちと協議していた対策の実行など検証が不十分のままだ。それだけでなく、中止発表の前日八月二日、河村たかし名古屋市長(あいトリ実行委員会代表代行)は不自由展を視察後、即刻中止を求め、菅義偉官房長官は文化庁補助金支出の見直しに言及した。これらは政治的圧力であり、自由権規約(国際人権規約)の法的義務違反、表現の自由への侵害である。河村市長の「日本人の、国民の心を踏みにじるものだ」という発言ばかりが報道され、電話による攻撃(電凸)を誘発した。見逃せないのは、日本軍「慰安婦」について「そもそも事実でないという説も非常に強い」、八月五日の記者会見では「強制連行し、アジア各地の女性を連れ去ったというのは事実と違う」と言及したことである。一九九三年「河野談話」は、「慰安婦」問題に対する日本軍の関与と強制を認めた公式見解であり、現在も日本政府は否定していない。この発言に対し、あいトリ側が一切反論していないことは、歴史修正主義に基づく電凸を後押ししたことに等しい。
  一方、当初の攻撃の標的は五〇%がキム・ソギョン、キム・ウンソンの《平和の少女像》(正式名称『平和の碑』)だった(四〇%が天皇を扱った大浦信行作品)。なぜ《平和の少女像》が標的になったのか。そもそも《平和の少女像》)は二〇一一年、ソウルの駐韓日本大使館前に建立された。日本政府は当時から今まで一貫して撤去・移転を求めている。そればかりか、日本政府や右派勢力は世界各地の「慰安婦」メモリアル建立への妨害行為を繰り返している。認識すべきは、こうした文脈で起きているという点だ。しかも二〇〇一年の女性国際戦犯法廷を扱ったNHK番組改ざん事件、二〇一五年の朝日新聞バッシングと大きく後退している「慰安婦」問題報道の自粛・偏向が、日本のマスコミでつづいていることも、本事件の本質を見えにくくしている。
 不自由展実行委員会は仮処分申立をし、九月三〇日にあいトリとの再開合意により展示内容を守り抜き、さまざまな制約をつけられながらも一〇月八日から六日間再開した。しかし多くの課題を残したまま、類似事件が相次いでいる。
 ミキ・デザキ監督の『主戦場』は「第二五回KAWASAKIしんゆり映画祭2019」で上映中止にされ、三重県「第六九回伊勢市美術展覧会」は不自由展中止に抗議し、少女像をコラージュした作品の展示を取りやめた。どれも判を押したように「安全」を理由にしており、あいトリで起きた戦後最大の検閲事態は継続している。
 不自由展の中止理由を「セキュリティ」問題とし、検閲ではないとするあいトリ側と、検閲事態とする海外ボイコット作家や不自由展実行委員会の認識の相違は並行線のままである。また、匿名の攻撃の根には、排外主義や性差別、歴史認識の問題があり、それが放置されたままである。事件の本質を考えるために当事者の一人として詳細な経緯を記録した『あいちトリエンナーレ「展示中止」事件——表現の不自由と日本』(共編著、岩波書店)をぜひご一読いただきたい。
 いま、少女像を含む不自由展開催の動きが日本内外で起きている。今後も〈表現の伝達と交流の場〉が保障された「表現の自由」を守っていきたい。

(おかもと・ゆか/編集者・表現の不自由展実行委員)


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