コラム・水平線

月刊誌『部落解放』の巻頭コラム「水平線」を著者のご了解を得て、転載いたします。

(2020/8/19up)




◆ 新型コロナウイルスが明らかにした日本の脆弱性 ◆

〈『部落解放』2020年8月号掲載〉

大西 連

 先日、一人の若者が相談に訪れた。まだ二〇代前半。なんでも、高校卒業後に上京し、都内の飲食店で、住み込みで働いていたという。新型コロナウイルスの感染拡大とそれにともなう緊急事態宣言、東京都の休業要請により、彼が働いていた飲食店は営業を停止した。収入がなくなってお店は閉店になり、彼も解雇された。今住んでいる寮も六月末までで出ていってほしいと言われた。
 「店長は良い人だったしお世話になった」
 彼はそう言って、解雇の撤回を求めるわけでも、寮の退去期限の延長を訴えるでもなく、路上に出た。路上に出て数日、ボストンバッグ一つで新宿の街をさまよい、水を飲んで飢えをしのぎ、スマホの電池が切れそうになりながらもSNSで助けを求め、私たちの相談会を訪れた。
 その後、生活保護を申請し、数日ぶりに布団で寝たという彼は、「まさか自分がこうなるとは思わなかった」と小さく笑った。
 私が理事長をつとめる認定NPO法人自立生活サポートセンター・もやいでは、四月より感染症対策をとりつつも、緊急の相談体制をとって、生活困窮者からの相談に対応している。通常の相談活動よりも相談日を増やし、「新宿ごはんプラス」という新宿で食料品配布をおこなう団体とも連携して、毎週新宿の都庁下の路上で食料品配布と相談会を開催している。
 四月、五月で、相談に訪れた人は四〇〇人近くにのぼり、一五〇〇人分以上の食料品を配布した。
 前述の彼のように、所持金が数百円しかない、派遣の寮を追い出されて住まいがない、ネットカフェが休業要請で閉まって泊まるところがない……そういった緊急性の高い相談が連日寄せられている。
 新型コロナウイルスの影響による景気の悪化はとどまることを知らない。第二波、第三波も懸念されるなかで、仕事を失い、収入が減少し、住まいを失うリスクにさらされる人は今後も増え続けるだろう。そして、それは逆に言うと、これまで生活はできていたが収入がギリギリだった、低所得だが何とかやっていくことができた人たちが、不可視化されていただけで、厳しい状況に置かれ続けてきたこと、脆弱な生活基盤の人たちが多くいるなかで、その存在が社会的に無視されてきたことを意味している。
 新型コロナウイルスの感染拡大が落ち着いたときに、私たちの社会はコロナの前の社会に戻ってしまうのか。貧困や社会の脆弱性を放置してきた社会に回帰するのか。
 それとも、コロナを契機に、働き方、生活様式、社会保障の在り方を新しい形に変容させていくのか。
 歴史を振り返ると、地震や水害などの災害は常に、すべての人に等しく被害をもたらすのではなく、どちらかと言うと、より脆弱な状況にいる人に多くのダメージを与えてきた。コロナも同様だろう。
 私たちの社会は、貧困、格差、差別といった、さまざまな社会的暴力に対して、毅然とした態度で向き合うことを避けてきたように思う。
 いまこの危機のなか、私たちは支援の現場でそれに立ち向かっていこうと思う。

(くぼ・たかし/大阪市立木川南小学校教員)


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